ROUND TABLE

 

「スプーン曲げ」

なぜこんなにウケるのか


追加更新:1999/10/30

1998/10/5


この「魔法都市案内」に来てくださる方は、当初100%、マジックをやっている方か、これからマジックを始めたい方だけだろうと思っていました。しかしメールを読んでいると、「煩悩即涅槃」から、こちらもちょっと覗いてみて、それで関心をもって読んでくださっている方が想像していた以上に多いことがわかりました。そのような方の中には、「スプーン曲げ」を今でも「超能力」と思っておられる方がかなりおられるようです。そのような方への返事も兼ねて、「スプーン曲げ」と、マジックをやっている人のために「エブリデイ・オブジェクト」(日用品)を使ったマジックについても言及しておきます。

Metal Bending

1974年、ユリ・ゲラー(Uri Geller)というイスラエル出身のマジシャンが、「スプーン曲げ」で一大センセーションを引き起こしました。日本だけでなく海外でもマスコミや科学者まで巻き込み、一時、大騒ぎになりました。アメリカの新聞"The New York Times"やイギリスの科学雑誌、" Nature"までが取り上げたほどです。

一般の人だけでなく、マジックをやっている人達でさえ、初めてユリ・ゲラーの「スプーン曲げ」を見たときは驚きました。マジックの分野では今までに見慣れない現象であったこともあり、本物の超能力だと思った人が続出したのです。

日本のテレビ番組では、某大学の「工学部の先生」という人を立ち会わせ、「超能力」で切断されたスプーンと、切断前の重さを精密な機械で計り、質量の変化を計測していました。すると、ほんとにごくわずかですが、切断前と切断後では質量が減っているのです。消失した質量をエネルギーに換算すると膨大なものであり、これは物理学の立場からすると大変なことだ、と言う「先生」まで出てくる始末です。

アメリカのジョークに、「アブセント・マインド・プロフェッサー」というジャンルがあります。 例えば、牛が垣根の向こう側から、板にあいている直径10センチほどの穴に尻尾を突っ込み、こちら側に尻尾を出して振っている場面を想像してください。それを見た大学教授は、「あの牛はどうやってあの小さな穴を通り抜けて、こちら側から垣根の向こうに行ったのだろう」と真剣に悩み出したのです。つまり、あることを一面だけから考えてしまい、他が見えなくなっている人をからかったジョークです。ある種の専門家は、何でもかんでも自分の専門、もしくは強引に自分の知識と関連させて物事を解決しようとします。そのため普通に考えれば何でもないことなのに、妙な考え方をして話をややこしくさせてしまいます。

先の質量の消失云々というのも、最初にスプーンの重さを計り、そして「超能力者」が一切手を触れずに、かつ終始スプーンが見える状態で切断し、その後に重さを計るのならまだしも、最初に計った後、「超能力者」が自由にスプーンに触れ、それで切断したものを計ったところで意味はありません。実際、手で何度か曲げるとスプーンは簡単に折れます。折れたら、ごく小さな破片は床などに落ちます。床に落ちた破片も無視するくらい粗雑な「実験」をやっておいて、いくら精密な機械を持ち出して計ったところで意味はありません。

海外でも何度か同じようなことをやっていました。しかしこの種の実験に科学者を立ち会わせるのではなく、マジシャンを立ち会わせるようにしたら「超能力者」の数は激減しました。数百万円から一千万円を越えるような懸賞をつけて、「スプーン曲げ」のようなことができる「超能力者」を募集しても、誰も名乗りをあげなくなってしまいました。「超能力者」にとっては、どんな精密な機械よりも、「マジシャンの目」のほうが恐ろしいのです。何の分野でも、同業者は同業の弱点を一番よく知っているものです。

実際、「超能力の実験」に最も不適当な立会人をあげるのなら、マジックの知識はゼロである科学者が最右翼でしょう。これほど不適切な立会人はちょっと他に見あたりません。海外の科学雑誌や、日本でもマジシャンのアドバイスを入れて実験を行ったところでは、この種(スプーン曲げ等)の「超能力」は全部失敗しています。

二番目に不適切な立会人は、中途半端な知識しかないマジシャンです。十分な知識もないマジシャンを引っかけるのは、これまた簡単なことです。

昔のユリ・ゲラー・ブームのときもありました。小さなアルミ缶を数個用意して、そこに観客から借りたキーを入れ、ふたをした後、どの缶にキーが入っているかを当てるというものです。あるマジックの現象を引き起こす手段は一通りではありません。ものによっては何種類も可能です。缶の中を「透視」するマジックをユリ・ゲラーが行ったときも、実際に考えられる手段は数通りありました。このとき、この立ち会いのマジシャンは「1種類」しか思い付かなかったようで、それを言ったら、それではなかったのです。そのため、かえって、一般の人には「本物の超能力」であるかのような印象を与えてしまいました。「現象」だけからでは、その人が行った方法を断定することはできませんが、知識のあるマジシャンなら、いくつかの可能性から、疑わしい手段を排除するような方法で「超能力者」に何度か実演させることで比較的容易に見破ることができます。日本で発刊されていた科学雑誌、『オムニ』でスプーン曲げができると称する人を呼んできてやってもらったとき、スプーンをゼリーに差し込み、外部から力を加えたらすぐにわかる状態でやってもらったら「超能力者」は全滅していました。これも裏ではマジシャンのアドバイスがあったようです。

はっきり断言しておきますが、現在行われている「スプーン曲げ」に類することは全部マジックです。マジシャンの目からすれば、実際はマジックにすらなっていないものが大半です。ただ、マジックのタネは、ミサイルとアンチミサイルのようなものです。ミサイルを撃ち落とすミサイルが開発されたら、さらにそれを上回るミサイルが開発されます。同じようなことがマジックの世界でも行われています。何もかも知り尽くしているようなマニアをさらに引っかける手段が開発されるのです。例えば、「手を触れずにスプーンを曲げる」という条件をつけたとして、このような条件をクリアーすることは少しマジックと科学の知識があれば簡単に思いつきます。ここではその具体的な手段は書きませんが、イノヴェーションにゴールはありません。飽くことのない執念で、開発競争は続きます。

とにかく、一口に「スプーン曲げ」と言っても、その手段はいくらでもあるのです。タネのあるスプーンを使うもの、まったく仕掛けのないスプーンでおこなうものなど、その方法は発表されているものだけでも数十はあるでしょう。「超能力者」と称する人のように、「スプーン曲げ」を常に演じている人は、観客のレベルや、観客の超能力に対する「盲信度」に応じて、その場その場で、一番安全な手段を選んで行っています。つねに観客と自分の間合いをはかりながら見せているのです。「安全な見せ方」というのは、要するに「バレにくい見せ方」という意味です。観客との間合いがわかるまでは時間をかけ、この観客の視線はどのあたりに向いているかとか、話しかけたら自分の顔を見るか(ミスディレクション)とか、、様々なチェックを行います。そして、観客のレベルが把握でき、この観客なら「あの」手段まで大丈夫だと思えば、後は大胆になります。逆に、今日の観客はシビアであると思ったら、体調が悪いだの、今日は仏滅で日が悪いだの、なんやかんやと理屈をつけてやめてしまうのが常套手段です。

スプーン曲げに限定する必要はありません。相手の心の中を読んだり、「透視」や「念写」、手を触れずに何かを動かしたりするような現象のもの、つまり「超能力」のように見える雰囲気のものをマジックの世界では「メンタルマジック」と呼んでいます。ここ10年ほどの間に、マジックを始めた多くの方が、Mr.マリックの「超魔術」に影響を受けています。Mr.マリックの演じているものは言うまでもなく、100%マジックです。合理的な手段で行われていることばかりです。マジシャンであればだれでも知っているようなネタが大半でしたが、彼が独自の演出で見違えるようなマジックに仕立てました。これはMr.マリックの功績です。彼がウケた最大の理由は、特に最初の頃は「本当の超能力」と言っていたからですが、一般の手品師が使っているような道具類を使わなかった点です。

メンタルマジックでは、誰でも普段から見慣れている道具を使うことが大切です。その点、スプーンやキーなどは誰でも知っています。これらは手で簡単に曲がらないという先入観があるため、大変、好都合なのです。マジックのためだけにあるような道具類は、どれだけ不思議な現象が起きても、観客はあまり驚きません。「どうせあれには何か仕掛けがあるのだろう」で済ませてしまうのです。スプーンのような、日常、ごくありふれたものを使って演じられるメンタルマジックが観客に受け入れられるのは、道具は何も怪しくなく、不思議な事が起きたのはマジシャンの「能力」以外に考えられないと思ってくれるからです。

なお、スプーン曲げの方法をここで解説するわけには行きませんが、いくつかは商品になっているネタもあります。簡単に曲がるスプーンや指でこすっているだけで切断できるスプーンもあります。ほぼ即席でできる方法としては、新城泰一氏のものは大変ビジュアルです。指先で持っているだけでスプーンの柄がだんだんと曲がってきます。10秒ほどの間に、完全に飴のように曲がってしまいます。曲がったスプーンは観客に手渡して調べてもらうこともできます。この方法を知りたい方は、『メンタルマジック事典』(松田道弘著、東京堂出版、1997年、2,987円)をお読みください。また新城氏の方法と原理はまったく同じもので、ネタの部分に少し加工したものも海外で販売されています。

その他、観客から借りたキーを曲げるギミックも販売されています。しかし、キーを曲げるのは考え物です。もし観客から借りたキー(自動車や家用)を不用意に曲げたりすると、その後、大変な迷惑をかけることにもなりますから、絶対大丈夫という条件の下でしか演じないでください。スプーン曲げも同様です。演じるときは自分でスプーンを持っていってやるようにしてください。喫茶店やレストランでスプーン曲げを見せて、後で店の人に怒られたり、銀のスプーンなどでしたら高額の賠償金を請求される場合もありますから、むやみにやらないでください。ときどき、マジックでやるのなら、店の人も許してくれると思っている人もいるようですが、それは絶対ダメです。

昔、某「超能力者」は、観客の指輪を切断するというのをやっていたのですが、これも絶対やめてください。スプーンなら代わりのものが手にはいることもあるのでまだ許せますが、個人の指輪などを切断してしまったらそれこそ代わりはありません。もし借りたのがその筋に関係ある人なら、お返しにあなたの「指」を切断しなくてはならなくなるかも知れませんよ。切断された小指を見て、「小指の想い出」とシャレているわけにもいきません。

とにかく、他人の持ち物を曲げたり切断するのは絶対やめることです。どうしてもやりたいときは、前もって打ち合わせをするなり、自分のものを持って行ってからやってください。

スプーン曲げを研究したいのでしたら、薄いパンフレットのような本ですが、次のものがよいでしょう。

The Art of METAL BENDING

Guy Vavli(1971年生まれ)

著者はイスラエルのテルアビブ出身の若手マジシャンです。

イスラエルは、日本人が考える以上にマジックが盛んな国です。ユリ・ゲラーもイスラエル出身ですから、とりわけメンタルマジックが盛んなのでしょうか。

<補足>普段、商品紹介やその他の質問は、メールで問い合わせがあった場合、できるだけ答えるようにしていますが、このスプーン曲げに関しては悪用されることもありますので、質問には答えないことにします。ネタやその他の資料も、本当に興味のある方でしたら簡単に見つけられますから探してください。

<関連リンク1>「魔法都市日記(25)」にも、一部、「超能力関係」の記述があります。

<関連リンク2>「ザ・ネイル」(釘を曲げるディーラーズアイテムです)

<関連リンク3>「メタルベンディング」のビデオです。

<関連リンク4>「オンライン・マジック教室」でもスプーン曲げを解説しています。

魔法都市の住人 マジェイ ア

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