魔法都市日記(43)
2000年6月頃
夏向きのカットをしたチャッピー。一昨年の暮れ、子宮を摘出する大手術をしたが、今ではすっかり元気になっている。夏向きに少し短くカットしてもらったら、8歳という年齢にしては若くなった。
某月某日
「演劇は幕が上がったときからスタートするのではない、ポスターが街に貼られ、そこから盗まれるという行為から、演劇はもう始まっている」 (横尾忠則)
街で偶然見かけたポスター、それではじめて芝居や展覧会、その他何かのイベントがあるのを知り、ぜひとも行ってみたいと思うことがある。どのようなイベントでも、数日前、数週間前から観客に期待感を持たせ、徐々に気持ちが高まってくるようなものでないと、成功には結びつかないだろう。商業的にうまくいくといった意味だけでなく、観客へのサービスとしても、そのような期待感をいだかせないようなものはうまくない。
旅行や「祭り」はその当日よりも準備している期間のほうが気分が高揚する。イマジネーションの中で遊べる時間のほうが、当日よりも数倍楽しめるものである。そのような時間を豊富に与えてくれるものが、よいポスターなのだと私は思っている。そのような意味でも、横尾忠則氏の描くポスターには、眺めているだけで、何が起きるのだろうと思わせるものがある。好奇心と期待感が高まってくる。
今回、京都駅の中にある美術館「えき」で、横尾忠則氏の展覧会が開催されていた。1965年から1999年まで、35年間にわたる横尾氏の代表的なポスターが展示されていた。
私自身は1960年代後半から横尾氏の作品を見てきたが、今あらためて当時の作品を見ても、まったく古さを感じさせない。20年前、30年前のポスターを見ても、もしこのイベントを今やっているのなら、ぜひ出かけてみたいと思うものが数多くある。横尾忠則は芸術家であると同時に演出家としても類い希な才能を持っているのだろう。
「計算されたものを舞台へ持っていったってお客は満足しないですよ。お客は意外性しか期待していないから。演出が意外性を全部殺してしまって、自分の論理的なプランに従わせようとする、そういう演出家は、うまい芝居はできても感動的なものはできないですね」(横尾忠則)
横尾は、観客が感動するのは意外性であることを知り尽くしている人なのだろう。意外性は、論理だけでは作り出せない。発想の飛躍、視点の変換など、他人の隙をつくずるさもないとおもしろいものは作り出せない。マジックともよく似ている。
今回、展示してある作品を順に眺めて行くと、ごく最近の作品の中に、女性マジシャン二代目引田天功、プリンセス・テンコーのポスターがあった。今年、テンコーは二代目を襲名して丸20年になるらしい。それを記念して、「天功伝説」というイベントが全国的に展開される。これはそのポスターのようだ。 随分セクシーに描かれている。イベント会場などでは販売もされるのだろうが、私はあるつてから数枚いただいた。縦が1メートル以上ある大きなものである。
これまでマジシャンが描かれているポスターは数多くあるが、このポスターは世界的に見ても、マジシャンのポスターとしては最高傑作と言っても過言ではない。横尾氏ほどの画家が描いたマジシャンのポスターなんてそうあるものではない。海外にはマジシャンのポスターを専門に扱っている店があったが、このポスターは将来絶対プレミアムがつくだろう。
話はそれるが、最近、芝居やコンサートのチケットが味気ないと思わないだろうか。「チケットぴあ」などで予約すると、実際にもらうチケットはプリンターで打ち出しただけのものにすぎず、日時や座席だけが印刷されている。デザインもなにもない。
ポスター、チラシ、チケットなどは、どれもがそのイベントの重要な要素の一部であるはずなのに、最近のものは味気ない。財布の中にチケットが数枚あるときなど、タイトルをしっかり見ないと間違えそうになる。先日も、まだ見ていないチケットと、見終わったチケットを一緒に入れていたら、あやうく捨てそうになった。
某月某日
今月は二階の大掃除をした。狭い家なのに、これまで二階の部屋がマジックの道具類、本、ビデオで占領されていた。収納しようにも入れるスペースがない。マジック関係の商品が届いても、箱の中を確認した後、段ボール箱のまま積み上げていたら、それが部屋全体を圧迫し、危険な状態になっていた(汗)。一念発起、近所のスーパーで収納用の引き出しを6本と、ビデオの収納ケースを7つ買ってきて、ビデオやマジックのネタを入れるスペースをまず確保した。これがないと、段ボール箱からも出せない。
掃除のうまそうな知人に手伝ってもらい、二日かけたら二部屋が何とか格好がついた。あれが二日でここまできれいになったのには家人も驚嘆していた。(出したゴミ袋は大が13、小が25、離れに移動させた本が約50冊。)
あとは私の部屋だけで、ここは後日、私だけでやったがこの部屋だけでも普通の家、一軒分くらいのものがつまっているかも知れないと思うほど色々ある。しかし、これは一日で95%くらいは終わった。だいぶすっきりしたので記念写真でも撮っておこう。
某月某日
阪急電鉄神戸線の御影駅から南に徒歩で3分ほどのところに、世良臣絵(せら とみえ)さんが開いておられる私設の美術館、「世良美術館」がある。阪急の御影は神戸の中でもひときわ閑静な住宅地で、古くからの屋敷がつづいている。神戸は阪神大震災で大きな被害を受けたが、この近辺の屋敷は造りがしっかりしているのか、新しい建物でも全壊している中、古くてもそのまま残っている屋敷も数多くあったから、よほど頑丈な家が多かったのだろう。
この美術館の近所に知人が住んでいるので(そういえば松田道弘さんもこの近く)、何度か側を通りながらこれまで素通りしていたが、初めて中に入れていただいた。
この美術館は1992年に世良さんが建てられた。世良さんは現在87歳なので、79歳のときに建てられたことになる。50歳を過ぎてからフランスに留学されたりもしている。
中に入れていただくと、2階で世良さんが水彩教室で指導しておられる最中であった。いかにも品のよいご婦人が数名、テーブルの上にある草花を水彩で描いておられた。授業中であったので、簡単にご挨拶をしただけだが、世良さんは大変お元気で、お顔を拝見しているだけで周りの者が勇気づけられるオーラが漂っている。人間はやりたいことがあるのなら、年齢など関係なく何でもできることを見せてくださっているようで、話をうかがっているだけでもうれしくなった。
地下には世良さんが水彩で描かれた四季の花が展示してあり、1階には油絵の風景画や静物画がある。2階は世良さんが指導を受けた小磯良平画伯のデッサンや人形などもあった。
1階のフロアーにはチェンバロが置いてあった。知人がここでチェンバロを習っていたこともあり、私も初めて見るチェンバロに興味をもった。ときどき、ここでチェンバロの演奏会もあるそうだ。外見はピアノに似ているが、ピアノは弦をたたいて音を出すのに対して、チェンバロは弦をはじいて音を出すのが違っている。そのため、あまり大きな音は出ないので、サロンといった風情の部屋で、ごくそばで聴かせてもらうのが一番だろう。
チェンバロのブローチ午前10時〜午後5時(入館は4時30分まで)
休 館 日 毎週月曜日(月曜が祝日の場合も閉館) 年末年始、
入 館 料 一般/500円、学生/300円某月某日
プー博士こと、浜松の池田さんと京都でミニオフをした。朝の11時に、池田さんが宿泊しておられるホテルまでお迎えに行く。ロビーに着くと、大きな紙袋を数個脇に置いて、待ってくださっていた。
ランチでもしながらマジックが見せあえる適当な場所がないかと思い、京都に詳しい知人にたずねておいたら、駅のすぐ側にあるホテルを教えてもらった。京都駅近くの某ホテル内にあるラウンジだが、ランチが2,000円で、座席は2名から8名くらいまで調整できる。おまけにここはボックス型になっているため、他の席からは見えない。ここならカードやコインを出しても気兼ねなくできる。大変気に入ったので、これから京都でオフするときはここを利用することにしよう。
先月、静岡のマジックホールでお会いしたときは、池田さんに見せていただくだけで、私がお見せする時間がなかった。今回は私も何点か持って行き、ご覧に入れることができた。
また池田さんにはたくさんのめずらしいマジックの道具類をおみやげをいただき、恐縮しっぱなしであった。いただいたものをざっとご紹介しておこう。
1.文字盤の透視
置き時計くらいある大きな時計の針をまわしてもらい、適当な時間にあわせてもらう。ふたをした状態で、マジシャンはその時間を当てる。
ドイツ製で小さな時計のものがあったがそれの大型バージョン。池田さんが教えておられる某マジック教室のおみやげ用に制作されたものをいただいた。
2.スコッチ・パース
これはマジックの道具としてではなく、一般の財布売り場で昔販売されていたそうだ。コインを出し入れできる布の財布なのだが、どこから入れたり出したりするのかわからない。スコットランドの人はケチだから、いったん財布にしまい込んだら簡単には出せないようになっているというギャグを、昔松田さんからうかがったことがあった。
3.透視の箱
デックをよくシャッフルしてもらってから、このケースに入れる。入れる前に箱を調べてもらってもよい。ふたをしたまま、デックのトップから順に当てていくことができる。
大変シンプルなネタだが、そのため、観客に手渡してもタネがわからない。私も勝手に複雑なメカを想像していたが、教えていただいて、あまりのシンプルさに驚いてしまった。
4.リングとロープ
リングとロープを使ったハンドリングをふたつ教えていただいた。貫通現象だが、どちらも昔からあるものを池田さんがハンドリングを改良されていて、大変ビジュアルになっている。
5.キラキラウォンド
透明なプラスチックの棒がねじれている。マジックウォンドとして使用するが、棒をまわすとねじれの関係で、昇っていったり、降りてきたりするように見える。左手に何かを握り、この棒を差し込んで回転させると、左手から消えており、右手にそれが移ってくるような現象のアクセントに使える。
その他、カードマジックもコインマジックもすばらしく、ハンピンチェン・ムーブは大変自然で、細かい点までよく考えておられるのがわかる。たたきつけるのでも落とすのでもなく、実に自然に見える。
私も普段よくやっているものを数点お見せした。中でも、私が一般の人によくみせるものとして、テンヨーから出ているスポンジのポテトを使ったマジックがある。これはマニアの前では絶対できないのだが、一般の人にみせると大変うけるのがわかっているのでお見せしたら、気に入っていただけた。
導入の部分が私の工夫なのだが(というほどたいそうなものではないが)、さすがに池田さんはその辺りをきちんと見てくださっており、評価していただけたのはうれしかった。
マジック以外でも池田さんの趣味のことで興味深い話も伺えた。なかでも、チェンバロのキットを海外から輸入し、自作なさっているとうかがったときは驚いた。浜松には楽器博物館もあるので、今度はそちらも見物がてら、一度お邪魔したいと思っている。
時計を見たら、アッという間に3時間ほど経っていた。
某月某日
10年くらい前からだろうか、「100円ショップ」を見かけるようになった。数多くある「100円ショップ」の中でも、最近「ダイソー」という、全国展開をしているショップがうちの近所にもオープンした。売り場面積が半端でなく、大きなビルのワンフロアー全部がこの店になっている。
そのうち一度見に行こうと思っていたら、ここの商品が突然家に届いた。それも二日間のうちに、福岡、岩手、静岡から同じ品物が四つも届いたのには笑ってしまった。中味はこの店で販売されている100円のトランプである。大きさは普通のものより大きく、マニアの間ではよく知られているジャンボサイズのものより少し小さい。クロースアップで見せるカードマジックには少々大きくて使いづらいが、加工したり、フォーシングデックを作るのであれば、100円で一組が買えるのだから、これなら気軽にできる。
送ってくださったみなさんは魔法都市案内を見てくださり、それから何度かメールの交換をしている方ばかりであるが、二日の間に4個も届いたのには呆れてしまった(笑)。それにしてもマジックが好きな人というのはみんな同じような物に興味を持つものだ。
昨日紹介したゆうきとも氏のビデオ、「ワイズ・ワークス」にある「C.C.ウェーブ」もこのカードを使えば気軽に作れる。
そういえば今月はこのトランプの他にも、日本各地の方々から色々と、本当にたくさんいただいた。
中に小さなダイスが数個入っているキャンドル、『不思議の国のアリス』に出てくるトランプの兵隊の形をした携帯電話スタンド、バックがステンドグラスで、小さな鳥かごと小鳥がいる自作のドールハウス、ビー玉入りのアロマキャンドル、普通の10倍くらいでかいUSドルの紙幣、中に波のような模様が入った石鹸、本物のサクランボ等々、もうおじさんとしては涙が出るくらいうれしいものばかりいただいた。
本当は全部写真で紹介したいくらい素敵なものばかりなのだが、画像が多くなりすぎるので、涙をのんでカットさせてもらう。
某月某日
普段、仕事は夜の10時頃までやっている。今日は9時半に終わり、大阪梅田のヒルトンホテル最上階にあるラウンジ、"Windows on the World"に駆けつけた。雨上がりのせいか、ホテルの35階から眺める大阪の夜景はどこまでも透きとおっていた。
この日は大阪のサンケイホールでミルバのコンサートがあり、それを聴くため、滋賀県からお母様とおみえになっているR子さんに、マジックをお見せするためであった。断っておくが、勿論マジックを見せるのは仕事でも何でもなく、ただ遊びに行っただけ。時間は1時間程度しかないのに私も好きだ。
これまでに何度かお見せしているが、それを全部覚えてくださっており、今回はその中でリクエストされたものを数点と、これまでお見せしたことのないものをご覧に入れてきた。
魔法都市案内では、マジックはひとつだけ見せて、そこでやめておけとうるさいくらい言っているのに、お前は何だと言われそうだが、これは例外中の例外である。だいたい、前に見せたものを全部覚えていてくれる観客など普通いない。
場所柄、ジョッキがあったので、今回「カード・アンダー・ザ・グラス」を見せたら、今までにないくらい驚いてくれた。あんまり驚いてくれるものだから、終わった振りをしてもう一度ジョッキの下から出したら、一層驚いてくれた。自分のトランプが目の前にあるジョッキの下から出てくるなんて考えられないということのようだ。これほど喜んでもらえたらマジシャン冥利に尽きる。
普段マジックを生で見る機会などないため、私のような素人芸でも喜んでくださるのだろうが、アマチュアはこのような観客の前で見せることができたら、それで十分報われる。私自身マジックはこのような場所で、一対一で見せるのが一番性に合っているので、大変リラックスできる。放っておいたら朝まででもやってしまいそうだったので、いつも人にはうるさく言っている「ひとつでやめておけ」を必死で思い出し、セーブしていたのだが、それでも10種類近くやってしまった(汗)。
蛇足ながら、R子さんに10近くも見せたのはすでに何度もお見せしており、そのどれもよく覚えてくださっており、以前お見せしたマジックをリクエストされたからである。いくら気分がよくても、初対面の人には一つか二つでやめることは私も厳守している。
某月某日
京都駅の中を歩いていると、壁にこんなマーク「」が描いてある入口があった。一瞬、マジックショップの「トリックス」が京都駅に店を出したのかと思った。横に「京都市観光案内所」と書いてあったから、違うことはすぐにわかったが、そそっかしい人ならマジックショップだと思って中に入るぞ。(そんなヤツはいないって) 駅の中だけでも数カ所で見かけたから、観光案内に限らず、何か困ったことがあればこのマークのあるところへ行けば教えてもらえるようになっているようだ。
そのあとエスカレータで上に上がって行くと、大きな階段のところで人が腰掛けて何かを見ている。どうやら今からマリオネットを使う大道芸の人が何かやるらしい。時間もあったのでしばらく待っていると、ブルーのスーツを着たブルーノ・ディスカベスという人が現れた。そういえばNHKの番組でも見たことがあるから、この世界ではよく知られている人なのかも知れない。
糸で人形を操るマリオネットだが、空中ブランコのようなことを人形にさせていた。複雑で、激しい動きだから糸が絡まりそうに見えるのに、さすがにうまいものだ。この後小さな子供とのやり取りや、観客4名に出てきてもらい、リズムにあわせてペダルを踏んでもらうと数体の人形が同時に踊ったり、楽器の演奏などができるマリオネット・マシーンをやってくれた。この装置は彼のオリジナルのようだ。ブラジル出身で、この芸だけで世界中を回っているのだからさすがに観客を喜ばせるツボはわかっている。ちょっとやりすぎという面もあるが、まあ楽しめた。
マジェイア