魔法都市日記(50

2001年1月頃


競技用けん玉

1月はセンター試験や2次試験の準備などで、一年で最も神経をすり減らす時期である。20年以上生徒を教えているが、それでもこの時期は落ち着かない。日曜も祝日もなく、日程的にもきついのだが、隙間をぬってあちこち出歩いてきた。忙しい時期ほど、無理をしてでも遊ばないと神経のバランスが取れない。


某月某日

元旦から3日まで、神戸のポートピアホテルでイベントがあった。宿泊客へのサービスと、少しでも客を集めたいという主旨からなのだろうが、元日早々ホテル業界も気合いが入っている。

縁日風の演出で、数十名の芸人が出演していた。輪投げやビンゴゲーム他、景品がもらえる観客参加のゲームもいくつかあった。屋台ではホテルの料理人が作ったたこ焼きやラーメン、カレーなども数多く出ていた。最近見かけなくなっていたものでは、飴細工の実演販売もあった。時代を反映して、飴細工でもポケモンやパンダなどがならべてあった。

マジックは、HIDEさんのクロースアップマジックが計9回あった。普段、HIDEさんは銀座にあるマジックバー「香莉ん」(かりん)のマスターとして、毎晩店でマジックをなさっている。マジックの内容や、HIDEさんについての詳しいことは「ショー&レクチャー」に紹介したので、興味のある方はお読みいただきたい。

創世記ヤコブさん

マジック以外では、「けん玉名人」の創世記ヤコブさんのショーも引きつけられた(上の写真)。 ヤコブさんは日本けん玉協会主催の全国大会で、優勝4回、準優勝2回というだけあって、神業のような妙技を見せてくださった。けん玉のショーでは、音楽や火なども効果的に使っておられた。けん玉ひとつでも演出でここまで見せられるのだから、何事も工夫次第だ。

競技用のけん玉には規格があり、私もひとつ買ってきたが、確かに使いやすい。 (一番上にあった写真)

某月某日

関西では毎年、正月気分も抜けきらない1月9日から11日まで、商売繁盛の神様「えべっさん」のお祭りがある。なかでも兵庫県の西宮戎神社は、室町時代から漁業と商売の神として信仰されている。ここが「えべっさん」の本家ということになっているらしい。規模でいえば大阪の今宮戎のほうが大きいかも知れないが、うちから近いこともあり、子供の頃から両親に連れられ、よくお参りに行った。

阪神大震災から後、しばらく行っていなかったので久しぶりに11日の昼間行ってきた。

阪神電車の西宮駅を降りると、徒歩で7、8分の距離に神社はある。この間だけでも、数百件の屋台が軒を連ねている。このような屋台が数多く出ている場所に行ったのは数年ぶりのことではあるが、私が知らない間に屋台の様子もずいぶん様変わりしていた。

たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、トウモロコシ等のお馴染みのものにまざって、「チジミ」を販売している店が目につく。チジミというのは韓国風のお好み焼きであるが、それが昔からあるお好み焼きの屋台と同じくらいの数が出ていた。チジミに限らず、シェフの格好をしてステーキを焼いているおじさんがいたり、他にもこれまで見かけたことのない食べ物を扱っている屋台がいくつかあった。このような世界にも国際化の波は押し寄せている。

ドンサネルド?!

チジミもめずらしかったが、まったく初めて見るものがあった。看板には「ドンサルネド」と書いてある。中近東風の風貌をした若い人が座っていた。太い鉄の棒の周りに肉のかたまりがあり、それを焼いて、薄くスライスしてからトマトやキャベツなどと一緒に、パン生地にはさんで食べる。日本人のおばさんが客の相手をしていたから、外国人の男性は国際色を出すために、雇われて座っているだけかも知れない。

私はめずらしい食べ物があると、とにかく一度は食べてみないことには気が済まない。「ドンサルネド」もこれまで見たこともない食べ物だから、ひとつだけ買ってみた。

「ドンサルネド、ひとつください」
「はい、ドネルサンド、ひとつね」
「ドネルサンド?」

もう一度屋台の看板を見た。確かに「ドンサルネド」と書いてある。その上を見ると、小さな字で「理料コルト」と書いてあった。右から左に読めば「トルコ料理」だが、トルコって字を右から書くのか?「ドンサルネド」も右から読めば「ドネルサンド」で、確かにこのほうがサンドイッチのようなものだと納得はできる。しかしサンドって英語じゃないのか?名前の由来はよくわからないが、野菜とローストビーフがはさんである。見た目には、メキシコ料理の「タコス」の大型といったものであった。値段は、焼きそば、たこ焼き、トウモロコシ等と同じで、これも500円である。ちなみに先のステーキ専門の屋台も500円であった。さすがにこのステーキは、私のように食い意地の張っている者でも前を素通りした。

お化け屋敷境内では「見せ物小屋」が2軒出ているはずなのだが、それがなくなり、2軒とも「お化け屋敷」になっていた。西宮戎神社の境内は広く、食べ物関係の屋台だけでなく、瀬戸物を売る店、薬草、表札等ありとあらゆる香具師(やし)が店を出している。

私が子供の頃はサーカスも来ていた。小さいものでは「地球ゴマ」や手品のタネを売る香具師も出ていたがずいぶん前から見かけなくなった。ドネルサンドのように、以前はなかったのに近年現れたものに、ゲーム関係では「ダーツ」があった。玩具の銃にコルクの弾をつめて撃ち、景品を落とす「射的」は昔からあるが、ダーツがこのようなところに入ってきているのは初めて見た。

小さい子供にとってはめずらしいものが数多くならんでいるので、私も子供の頃、えべっさんに行くのは楽しみであった。しかし、それと同時に怖さもあった。祭りの間だけとはいえ、境内には日常出会うことのない「闇の世界」が存在していた。サーカスや曲芸も、見た目の華やかさとは裏腹に、ある種の怖さがあるが、そのようなものとは比較にならないほど怖いものに「見せ物小屋」があった。小屋の入り口には、頭が人間で体が牛の姿という男の人や、ヘビ女、たこ女、体が二つくっついたシャム双生児などが描かれた看板がかかっていた。「親の因果が子に報い〜」とうなっている呼び込みのおばさんが不気味で、いつも遠巻きにこわごわとながめていた。

看板に描かれているような、頭は人間の女性で、首から下がヘビという人が本当にいるのだろうか。確かめたくて、毎年今年こそ入ってみようと思いながら十数年、毎年毎年小屋の前を通り過ぎるだけで終わっていた。中に入ってみる勇気はなかった。父や母にたずねると、「あんなのはインチキだよ」と笑っていたが、作り物ならそれはそれでよいと思っていた。とにかく毎年、今年こそ確かめてやろうと思って行っても、実際に看板の前に立つと怖じ気づいてしまい中に入れなかった。

二十歳を何年か過ぎた頃、今年こそ絶対見せ物小屋に入ってやろうと意を決して家を出た。小屋の前まで来たら何も考えないで、一目散に飛び込もうと決めていた。毎年少しずつ出し物は変わるが、その年は「たこ女」の小屋が来ていた。この「たこ女」の小屋では、入り口でおばさんが独特の不気味な声で、それでいて人を立ち止まらせる不思議な抑揚をもった喋りで呼び込みをしていた。中の様子は外からうかがい知れないのだが、時々、小さな窓のカーテンを開けて、中を一瞬だけ見せてくれる。と言っても外から見えるのは、すでに入っている観客の顔と、「たこ女」の後頭部だけである。ときおり振り返り、顔を見せてくれることはあっても、首から下の部分はわからなかった。顔はどう見てもふつうの女性なのに、体は本当に看板に描いてあるようなタコの姿なのだろうか……。今年こそ入ると決めて家を出てきたのに、また迷い始めた。

私が迷っているのに気づいたのか、呼び込みのおばさんが、「お代は見てのお帰りだよ〜」と繰り返している。とにかく観客を中に入れることが先で、「代金後払い」というシステムになっているらしい。「お代は見てのお帰り」といったところで、見て気に入らなかったら払わなくてもよいというものでもないのだろう。入場料は当時で200円程度であった。だまされたところで話のネタと思えば安いものだから、それは問題ないのだが、金額とは別の抵抗があった。

私が5、6歳の頃からえべっさんに来るたびに、この絵を見て感じていた恐怖と疑問、それを今年ついにはっきりさせようと決めて出てきたのに、今年もおなじことを繰り返すのかと思いはじめた。幼稚園のころでも、頭が人間で身体がタコやヘビの人がいるはずがないと思う反面、ひょっとしてという気持ちもあった。

もし本当に絵に描いてあるような「たこ女」がいるのなら、この娘さんの両親がタコを食い過ぎたので、その「祟り」(たたり)で、こんな女の人が生まれたのかもしれないと思ったりもしていた。「牛男」は肉の食い過ぎとしても、「ヘビ女」の親はヘビを毎日食っていたのだろうか。

さすがに二十歳を過ぎてからは(汗)、そんなことはないとわかっていたが、もし何かの仕掛けでそのようなものを見せてくれるのなら、それはそれで興味が引かれた。この頃はマジックの専門書も読み始めていたので、マジックとして見せてくれるならそれでもよかった。アメリカのマジックショップ、タネンだったかどこかの古いカタログを見ていると、実際にそのようなマジックがイリュージョンの売りネタとして載っていた。ソファの背もたれの上に人間の頭があり、首から下はヘビで、その部分はソファの座るところでとぐろを巻いていた。日本に昔からある「たこ女」や「ヘビ女」もこの種のものかも知れないと思うと、ようやく中に入る決心がついた。

中に入ると、客席はすべて立ち見で、しかも後ろの人も見えるように、前方に傾いた板の上に立たされる。つま先に力を入れておかないと前に落ちてしまう。随分不安定な場所なのに、みんなおとなしく立って見ていた。

ショーは全体で約20分間になっているが、エンドレスで同じものが繰り返されているので、いつ入ってもよいようになっているのだろう。私が入ったときは犬が曲芸をやっていた。たこ女の女性は、舞台の左隅で、着物を着てじっと座っていた。 呼び込みのおばさんは、このたこ女の女性が、舞台中央まで進んで行くと言っていたが、何かのトリックがあるのなら、途中に仕掛けがあるはずだ。例えば首だけがステージの板の上から出ていて、身体はステージの下にあり、作り物のたこが首のところについているようなものを想像したりしていた。それならステージにも仕掛けがいる。いくら目を凝らしてみても、女性が座っている場所から、舞台中央までの間に、そのような切れ目や、仕掛けらしいものは何も見えない。ひょっとして、本当に看板にあったようなたこの身体を持っているのだろうか……、犬の芸など気もそぞろで、たこ女のことばかり気になっていた。

犬の芸が終わった。いよいよ次はたこ女の出番か。着物を脱いで、あの座っている場所から舞台中央までぬめぬめと進んでくるのだろうか。想像するだけで私の心臓は破裂しそうになっていた。

しかし現れたのは頭のはげた、かなり年輩のおじさんであった。歳はとっていても、体は頑強そうである。どこかで見た人だと思っていたら、ガソリンを飲み込んで、口から火を噴いてみせる「人間ポンプ」であった。昔はテレビなどにもよく出演していた。

火を噴く芸以外にも、白と黒の碁石を飲み込んで、胃の中から客の指定した色の碁石だけを取りだして見せたり、金魚を飲み込んで、再び生きたまま取り出すようなこともやっていた。割り箸の包み紙を折り畳み、それで水の入ったバケツを引っかけて振り回しても、バケツが落ちないというマジックなのか何だかよくわからない芸も見せていた。これは宴会芸で使えそうなネタであった。

「人間ポンプ」も終わり、いよいよ「たこ女」の登場かと思うと再び緊張した。

お囃子の音楽に乗って、「たこ女」は座布団からスーッと立ち上がった。しかし着物を脱ぐこともなく、ただフラフラと体を左右に揺すりながら、カニのように横に2メートルほど歩いて幕の後ろに消えてしまった。それでおしまいであった。

「?!????!」

これが、私が5、6歳の頃からずーと毎年毎年、入ろうかどうしようか思案していた「たこ女」なのか?!ひょっとして、今年は「カニ女」だったのか?

一緒に見ていた他の観客からも苦笑が起きていたが、それだけであった。がっかりした反面、ほっとしたことのほうが大きく、安堵の混ざった複雑な笑いであった。

このような見せ物小屋で一番高給を取っているのは芸を見せる出演者ではなく、呼び込みのおばさんやおじさんだそうだが、なるほどと納得できた。「たこ女」があの程度でよいのなら、誰でも即席に太夫として代わりをつとめることができる。しかしあの呼び込みはそうはいかない。お参りに来ている人の足を止め、小屋の中に入ってみたいと思わせる口上は芸になっている。 とは言え、もしあの「たこ女」だけを見せたのなら客は怒り出すだろうが、犬が一生懸命芸を見せてくれたり、人間ポンプのオヤジがガソリンを飲み込んで火を噴く芸を生で見せてもらったので、観客からも目立った不満の声は出ないのだろう。

マジックのタネを見てしまったようで、興ざめと言えば興ざめではあったが、十数年詰まっていた便秘が解消されたような晴れやかさもあった。この種の小屋がいつか消える運命にあることは予測できたので、一度も見ないまま、消えてしまったことを知ったら、絶対後悔することになっていたはずである。

ヘビ女やたこ女は半分以上シャレとはいえ、人間の尊厳にかかわる問題になりそうなものが、神社や寺で長く演じられていたのはそれなりの理由があるのだろう。寺にしても、因果応報のサンプルとして、好都合だったからではないだろうか。地獄絵図にしても、昔はあのようなものを見せて、信仰を強制していたのだから、まんざら見当違いとも言えないだろう。

今年はこの種の小屋が消えて、お化け屋敷になってしまっていたが、もう日本からは消えてしまったのだろうか。

某月某日

大阪ドームで開催されている「テーブルコーディネイトフェア」に行ってきた。

2001年 1月13日(土) 〜 21 日(日)
大人 (中学生以上) 1,600円 (前売1,300円)

私は職人が好きである。熟達した職人の技を見ていると、それだけでうれしくなる。職人に限らず、どのような分野であっても、その道を極めているプロの話を聞くことは刺激になる。

「うどん作り」から、科学、芸術の分野まで、何であっても長年それにたずさわり、その分野で一流と言われている人には何かがある。そのような人たちの技や作品を見せてもらったり、話をきかせてもらうことは、その人の魂に直接触れることなのだろう。自分にはとうていできないもの、自分にはない何かにあこがれるという面もあるが、それ以上に、その人の琴線に触れることが出来た喜びが大きい。

大阪ドームで開かれていた「テーブルコーディネイトフェア」は、食にまつわるありとあらゆる分野の展示や実演がおこなわれていた。最初、このイベントの名前を聞いたとき、テーブルセッティングの講習会のようなものかと想像した。それにしては大阪ドームのような広い会場を使うことが腑に落ちなかった。実際に行ってみると、そのようなことだけでなく、食器から調理用具、テーブルマナー、パーティでの飾り付けなど、大小合わせて数百のブースが出ていた。展示品だけでも数十万点あり、広い大阪ドームが食に関するもので隙間なく埋まってしまうくらいの大きなイベントであった。見て歩くだけでも、半日はかかる。 会場では毎日一組、人前結婚式もやっていた。

また会場では各地の雑煮を実際に食べられるコーナーもあった。雑煮は全部で5種類あり、「上方商家風白味噌仕立て」、「江戸武家風」、「越後長岡武家風」、「讃岐あん餅白味噌仕立て」、「筑前小倉武家風」で、いずれも小振りの弁当・点心とお神酒がセットになっていた。(1600円〜)。私は「江戸武家風」を頼んでみた。

和風のテーブルセッティングテーブルセッティングに関してはコンテストもあったようで、数多くの出展作品の中から優秀作品が展示されていた。受賞作品を見ていると、何もヨーロッパの貴族の家にあるようなものでなくてもよいことがわかる。ごく普通の食器を使っていても、ちょっとした工夫で大変洒落たテーブルができあがる。このようなものは形式ではなく、遊び心と、誰かを招待するのであれば、その人をもてなしたいという気持ちがあれば、それだけで十分なのだろう。

高価な食器類を並べなくても、ナプキンにリングを通して、お皿の上に置いてあるだけで、豪勢で洒落た雰囲気になるものだ。金ぴかの食器を並べたからといって、豪華に見えるというものでもない。四畳半一間の家でも、向かい合っている人がそれなりの人で、ちょっとした気の利いたものがあるだけで、ゴージャスな気分にひたれるものだ。

あらためてテーブルセッティングなどを勉強しなくても、ごく基本的な演出を知っているだけで十分なので、機会があれば、一度は今回のイベントのようなものに出ておくのも悪くはない。手作りのケーキなどをいただくとき、いつもきれいなリボンを結んでくださる方がいる。ほんの少し手を加えるだけで、いただく側は楽しさとうれしさが倍加する。ちょっとした演出であっても、知らないと出来ないこともあるので、普段から気に入ったものがあれば、記憶の片隅にでも留めておけばよいのだろう。

逆に、毎晩のように豪勢な料亭やクラブに通っている人なのに、家ではあまりにもひどい食器類を使っていることに驚くことがある。「億ション」と言われるようなところに住んでいながら、テーブルの上には数人分の箸がまとめて、無造作にコップに突っ込んで立ててあったりするのを見ると興ざめしてしまう。この人は外で買ってきたものでも、プラスチックの容器のまま食べているのだろう。また、高価な食器類を飾っている人もいるが、食器は使ってこそ価値がある。よい食器やグラス、コーヒーカップなどは、唇に触れる部分の感触がまったく違う。

小学校の給食で「先割れスプーン」という、スプーンとフォークが一緒になったようなものがあるそうだが、合理的でありさえすればよいというものでもない。先の億ションの住人は、皿の上に仕切がある、お子さまランチのときに出てくるようなものを使っているのではないだろうか。

某月某日

東京ディズニーランドに隣接してできたイクスピアリの中にあるレストラン、WIZARDZ(ウイザーズ)に行ってきた。WIZARDZはマジックを見ながら食事のできるレストランとして、昨年の7月、イクスピアリのオープンと同時に営業を開始した。イクスピアリには昨年の10月にも行ったが、このときは時間もなかったため、ショーを見ることができなかった。今回は時間に余裕があったので、夕方5時半から始まるショーを見るつもりで予約を入れておいた。

平日は午後5時30分と8時からの二回、公演がある。食事が1時間、その後ショーも1時間あり、全体でちょうど2時間で終わるようになっている。料金は食事とショーがセットになっており、5,000円のチケットを買ってから入る。10歳以下の子供は、3,000円となっていた。

WIZARDZの予約は電話でもインターネットからでもできるが、当日チケットを買うために、30分前には一度店に顔を出さなければならない。これは人によってはちょっと面倒かも知れない。

マジックショップ

この日は午後3時頃イクスピアリに着いた。先にWIZARDZに行き、チケットだけ買っておくことにした。WIZARDZの入り口を入ると、マジックショップとみやげ物を販売しているコーナーがある。マジックショップはテンヨーの商品がおいてあったが、専任のディーラーはいるときといないときがあるようだ。私が行ったときは、若い女性の従業員が、おじさん相手に「ダイナミックコイン」を見せていた。この女性はマジックが専門ではなく、ふだんはとなりの売店でみやげ物を販売している人なのだろう。臨時で簡単なマジックを見せていただけだと思うが、手が震えていた。

おじさん二人はまったくマジックをやったことがない人のようなので、彼女もダイナミックコインくらいなら大丈夫だと思い、実演して見せたようだ。私が途中から見ると、ネタの部分を逆さまにして容器に入れようとしている……。

「それは逆だよ」とつい反射的に叫んでしまった。あのまま無理矢理押し込んだら、ネタが壊れてしまうのはわかりきっている。自分のものではなくても、ネタが壊れるのを見るのは忍びないので、つい声が出てしまった。彼女も2,3回押し込んでいたが、入らないのでおかしいと思ったらしい。ステージのマジックを見る前から、冷や冷やさせられた。

買おうかどうしようか迷っていたおじさんも、売り場の人が失敗するくらいだから難しいと思ったようで、買わずに帰ってしまった。私が叫んだから買わなかったみたいで、ちょっと気まずくなってしまったけど、あのままだと道具も壊していたはずだから、私は悪くないよ(汗)。お詫びのつもりでもないけど、指輪が剣にささる「リングミステリー」と、売店で売っているピンバッジ他、WIZARDZの関連グッズを数点買った。

光るコースター

グラスを置くと光るコースターは1枚1,000円もする。それを3枚も買ったから、さっきのおじさんの分くらいは売り上げに協力できたと思うので許してね。みやげ物やチケットを購入したので、イクスピアリの中にある他の店を何軒かまわってみることにした。

まず最初に、昨年11月の「日記」で紹介した「マジックバニー」などを作っているALESSI社の店が2Fにあるので、そこへ行ってみた。普段使う生活用品が、実用面だけでなく、楽しさもあわせもってデザインされているので、つい遊んでしまう。

この後、友人から教えてもらっていた「ピエール・エルメ・サロン・ド・テ」へ向かった。ここではフランスデザート界のトップパティシエ、ピエール・エルメのケーキが食べられる。ケーキが好きな人で、もしまだピエール・エルメのケーキを食べたことがないのなら、ぜひ行ってみることをお勧めする。

昨今、何にでも「芸術」という言葉をつけたがる風潮があるが、ピエール・エルメのケーキはまさに芸術!である。素材ひとつひとつの持ち味を究極のところまで活かしながら、他の素材との組み合わせによって、独自の味を作り出している。素材自体はどこにでもあるものなのに、ほんのちょっとしたひらめきと、素材の組み合わせで、味は劇的に変化する。いつも食べている食材を使っているのに、才能でここまでおいしくなることに感激するだろう。

一緒に行った友人も味にはうるさいのだが、一口食べるなり、二人とも声をそろえて「おいし〜い」と言ったきり、後の言葉が続かなかった。初めて体験する味にしばらく酔っていた。このとき一緒にコーヒーを注文したが、店内にはコーヒー用のミルクはない。かなり濃いコーヒーなのだが、ケーキと一緒に飲むと、どちらも引き立つようになっている。

食べ終わったあと、まだうしろ髪を引かれる思いで店内のケーキやら、本などをながめていた。おどろいたことに、ピエール・エルメ氏のケーキの作り方が写真付きで、詳細に解説された大型の本が何点かあった。1冊をのぞいてすべてフランス語のためフランス語がわからないと無理かも知れないが、ケーキの好きな人にとってはバイブルのようなものだろう。

この本では彼の考案したケーキのレシピが詳細に解説されている。このような秘密を一般に公開してしまうと誰かに真似されないのだろうかと、人ごとながら気になったが、「箴言集」に紹介したフレッド・カップスの言葉を思い出した。

誰かが私のマジックをコピーして演じたとしても、私はまったく気にしていません。確かに私のやっているマジックをコピーすることはできるでしょう。しかしフレッド・カップス自身をコピーすることは誰にもできません。(フレッド・カップス)

芸も料理もおなじことなのだろう。いくら真似しようとしても、できる部分とできない部分がある。フレッド・カップスやチャニング・ポロックのマジックをそのままコピーして演じているマジシャンは数多くいるが、誰一人としてカップスやポロックを越えた人はいない。最近の日本では、前田知洋さんに影響を受けている若手マジシャンも多く、意識的か無意識なのか、前田さんの真似をしている人をよく見かける。しかしこれも前田さんご本人とは、月と冥王星くらいの差はある。

ピエール・エルメ氏のレシピにしたところで、材料や調理方法は詳細に解説されていても、それはマジックの本で種を知ったのと同じ程度のことだろう。知ったからといって、次の日からそれが自分のレパートリーになるものではない。「教えてあげるからやってごらん」と言える自信、これこそ天才にしか言えないセリフかもしれない。

ピエール・エルメのケーキを食べるのに、イクスピアリまで行くのが面倒なら、ホテル・ニューオータニのロビーフロアーにもある。

イクスピアリ

店を出ると、もう午後5時になっていた。外も薄暗くなり、イルミネーションに灯が入ると、昼間とは風景が一変していた。 (左の写真)

WIZARDZに向かっていると、同じ4Fにある「トルセドール」というシガーバーが目にとまった。ここは午後5時からオープンするようだ。前を通りかかったとき、店の人がちょうど看板を出して、開店の準備をしていた。ウィンドウに並べてある品を見ると雰囲気のよさそうな店なので、少しだけ覗かせてもらった。

重いドアを開け、中に一歩入るとそこは薄暗く、落ち着いた穴蔵のような雰囲気が漂っていた。私はタバコは吸わないが、シガーバーだけあって、キューバ産の葉巻や各種小物もそろっている。洒落たものが多く、タバコを吸わなくても、つい買ってしまいたくなるものがならんでいる。帝国ホテルの二階にある、「オールドインペリアルバー」も秘密の隠れ家といった雰囲気があり好きなのだが、ここも落ち着いてゆっくりするには絶好の場所だろう。WIZARDZに行くよりも、こっちでゆっくりしたい気分であったが、それはまたの機会にして、店を出た。

WIZARDZにつくと、受付でコートをあずけ、席に案内してもらった。インターネットで事前に申し込んであったからか、席は中央の最前列という大変迫力のある場所であった。WIZARDZの中は、ステージに近い側から三つのブロックに別れている。私が行ったときは三分の一くらいの入りであったので、前方のブロックだけが使用されていた。

まだWIZARDZに行ったことのない方にもぜひ一度行ってもらいたいと思っているので、本当ならあまり厳しいことは言いたくないのだが、それでも言っておかなければならないことがある。

マジックはともかくとして、とにかく料理がひどすぎる。5,000円でショーと食事が付いているのだから決して高くはない。メインディッシュは300グラムのビーフステーキ他、チキン、魚の三種類から選べるが、あの肉では、誰かを招待するにも気がひける。私が食べたビーフにしてもひどかった。いかにもアメリカの安い肉で、一口食べるのに、テーブル全体が揺れるくらい力を入れてナイフを使わないと切れない。これほど固いステーキなんて今まで食べたことがない。固くておまけにパサパサ。いくらアメリカ人は固い肉が好きだといっても、それをそのまま日本に持ってきたのでは日本人の味覚に合わない。私はテーブルを壊さないように気を使いながら何とか肉を切ったが、体力のない年輩の人なら、あの肉を切るだけでくたびれ果てるにちがいない。友人は魚を食べていたので一口味見させてもらったら、それも大味で塩辛いし、口直しが必要であった。

私はすでに行ったことのある知人から料理がまずいことは聞いていた。今回一緒に行った友人にもそのことを説明して、事前に了解を得ていたので文句も言わずにつき合ってくれたが、あれほどひどい料理を出しているようでは、リピーターはつかないだろう。

マジックを売り物にしているとはいえ、レストランがメインなのだから、料理がまずいようでは話にならない。もう一度根本的に料理を考え直して欲しい。あれでは恥ずかしくて、誰かを誘ってマジックを見るなんてことは絶対にできない。私だってあの料理をまた食べなければならないのかと思うと二度と行きたくない。料理の責任者が誰なのか知らないが、早急にどうにかしないと一年と持たないだろう。バックについている企業が大きいので、赤字の分は何とかしているのだろうが、料理のまずいレストランに入るくらい腹の立つことはない。一食分、損した気分になる。

それと中には食事抜きで、マジックだけを楽しみたいという人もいるはずだから、そのような人のことも考えて、ワンドリンクか、ハンバーガーとコーラー程度のセットで、3,000円程度のチケットも販売したらどうだろう。とにかく食事のメニューを増やすことも含めて、料理の味付けなど、もっと基本的なところから根本的に見直して欲しい。アメリカで成功しているからといっても、それをそのまま日本に持ってきて成功するとは限らない。

今年の3月には大阪にユニバーサルスタジオがオープンする。ここにも来年、WIZARDZが入る予定だそうだが、東京と同じような料理を出していては絶対そっぽを向かれる。それでなくても大阪の人間は食べ物にはうるさいのに、これでは皿が飛ぶかも知れない。おまけに関西人は払った金額分だけは満足させてもらわないと納得しない。特に最初が重要なので、オープンのときから気合いを入れて、なんとかしてほしい。

マジシャンは原則として3ヶ月で交代するらしい。今回のメンバーは1月11日からスタートしたそうだ。デビッド・ジベール(David Zibel)、レイ・ピアース (Ray Pierce)、ニコラス・ナイト (Nicholas Night)の3人が、それぞれ女性の助手と一緒に出演していた。

司会はMr.サコーが担当している。マジシャンは全員外国人のため、英語のできるサコー氏が、マジシャンの世話役を兼ねて、司会もなさっているようだ。サコー氏と言えば火を使うマジックでよく知られている。司会の合間にも、ごく短いものであるが、2、3見せていただいた。

ニコラス・ナイト氏以外はまったく知らないマジシャンであった。最初のデビッド・ジベール氏は「ビリヤードボール」など、スライハンドを中心としたマジック。レイ・ピアース氏は中年のマジシャンで、ロープを使ったものと、イリュージョンもあった。2本のほうきの上で、女性が横になり、最後はほうき1本の上で寝そべった形で女性が浮かぶお馴染みのマジックもやっていた。この女性は大変グラマー(率直に言えば太りすぎ)で、ほうきが折れないかと、見ていてそちらのほうが気になった。

トリを取ったのは昨年ポルトガルで開催されたFISMでガラショーにも出演していたニコラス・ナイト氏であった。FISMでやったのとは別のものを数点見せてくれた。マジック自体は決して悪くないのに、あの食事のひどさで評判を落としている。これではマジシャンが気の毒だ。


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