2001.04.14(sat)

PARIS

●憧れの街、パリへ
AIR FRANCE flight no.af 1605
dep 14:15 ROME/DAVINCI
arrival 16:05 PARIS / CHARLES DE GAULLE

イタリアからパリにはいるときには必ずアルプスを越えていくので、無理言って、チェックインするときにアルプスが見える窓席側になるようにお願いした甲斐があって、眼下には見事な風景が表れてくる。しかし、たった2時間のフライトである。上昇して、アルプスを越えたと思ったらもう、下降態勢に入る。本当にヨーロッパは国同士が隣接しているだけあって、フライト時間も考えられないほど短いもの。あっけないくらいに、この長期旅行の最終地のパリに降り立つのである。
ここまで来たら、自分でも言うのも、何だけれども、相当に旅慣れてくる。 まず、真っ先に行くのは空港内のinformation。パリ市内の地図をゲット。各バスと地下鉄の路線図が乗っているもの。ほとんどこれ1枚で過ごすことが出来るくらい、便利に出来ている。エールフランスのカウンターで、シャトルバスのチケットを購入。
75fr×2=150fr。
困るのは、各国に行くと、それぞれの貨幣、レートがあり、結局は頭の中で円に換算しないと、値段の判断が出来ないこと。こればっかりは、入った国では、しばらくしないと、頭の中で混乱している。
CHARLES DE GAULLE → MONTPARNASS.st 行きに乗る。僕らの前には中国人と思われる東洋人の一団が。僕らの前にいるおじさんに、英語でモンパルナス行きかと尋ねたけれども、サッパリ通じず、若い人を指差して、彼に話せといわれている。同じ東洋人でも、言葉が違うと、結局は英語でのコミュニケーションでしかできない。
行き先は、問題ない。そのまま、40分近くで到着。ずっと街中を眺めていたけれども、明らかに、今まで尋ねてきた街とは違う様相。エスプリが漂う街だと本能的に理解できる(あるいは先入観のためか。)。理由は?と聞かれても良く自分では説明することは出来ないのだ。
モンパルナスの 駅自体は、特にこれといったものではないけでども、TGVがずらっと並んでいるのは結構圧巻である。いつかこの列車にも乗ってみたいものだ。TGVのホームを過ぎ、地下鉄に乗るためにカルネを購入。
ちょうど、この時間帯はパリ市内もラッシュアワー。荷物の多い僕らは相当に苦労してしまった。ここら辺の事情は、日本とあまり変わりはない。丁度、出入口に立っていた少女が、駅につく度に乗り降りする僕らをこちらを気の毒そうに見つめている。まあ、事情は良くわかっているし、込み具合に関しては、東京よりもよっぽどマシだから別に仕方がないとは思っているんだけれども。でも、短気になって怒り出す人は一人もいなかったな。結構日本人は了見が狭いので、きっと怒り出す人(何でこんな時間帯にこんな荷物もっているんだよと。)いるんだろうな。
乗換駅でついに僕らが降りることになった。例の少女をチラッと見たらこっちを向いていた。軽く笑顔で”大丈夫だよ”って心の中で言ったけれども、通じたかどうかわからないけれども、笑顔を返してくれた。シュッと扉はしまり、あっという間に轟音と共に、僕らの前を通り過ぎていってしまった。良くわからないけれども、パリ初日しにして一番印象に残る場面であった。
ODEON駅に到着。地下鉄の駅を表に出たら、なにしろ交差点で、しかも複雑にいろんな方向から道路が交錯しているので、地図見てもよくわからない。5分位してやっと何となくわかってきたところで、今日の、そして全部で5泊するHotel des Balcons に向けて歩き出す。2つ星ホテルだけれども、設備、綺麗さは十分。アットホームな感じ。居心地良くいられそう。とにかく今回の旅行の、最終目的地にして、最長の滞在地である。じっくりとどこに行くのか練らなければならない。とにかく今日は疲れたので、このまま寝るとする。
HOTEL DES BALCONS  ☆☆
3 rue Casimir Delavigne 75006 Paris
tel 0146 34 78 50
fax 0146 34 06 27
resa@balcons.comwww.balcons.com

パリ市内でかなり便利。宿泊費もお手ごろ。


2001.04.15(sun)
●パリのパン屋での出来事
とにかく、パリに来た目的は、とにかく街と建築を見ること。そして美術、芸術の街と呼ばれているここパリを堪能することである。昨晩は、どこの建物を重点的に見たいのかを地図の上にプロットし、そして、ゾーン枠をし、おおよその日程を組んでみたのだ。
今日は、ホテルの近くにある建築物、それからパリのメインストリートのシャンゼリゼ等を見ること。かなりミーハーなコースである。日本でも、特殊な現象でカフェブームと呼ばれているけれども、なにしろ、カフェとくればヨーロッパ、特にパリであろう。僕らは、ホテルでは全くモーニングを食べずに外ですることにしている。朝食にはアツアツのカフェオレとクロワッサンが何て言ったって食べたいもの。
さっそく、今日の最初の腹ごしらえとして、近くのパン屋を尋ねる。早朝の日曜日にもかかわらず相当な賑わいを見せている。日曜日は、通常一般にお店はしまっているので、ここの一角だけが以上に盛り上がっているといった感じ。中に入ると事情は当然のごとく良くわかっていないんだけれども、とにかく、カウンター越しに自分のほしいものを、そして中で食事したいことを店員に言い、レジ前で並ぶ。ずっと、ここヨーロッパ諸国はイースターであり、店内は特にそれ用にウサギの形をしたチョコレートとか、そこかしこに飾っており、とにかくショーウインドーは完璧に仕上っている。見ているものを飽きさせないのだ。やっとのことで、僕らの順番が廻ってきたところで、何とか注文を無事済ませ、お店の角にあるカウンター席(7〜8席しかないのだ)に移動するのも、お盆を持たされたまま、満席状態。通常は、ここは、単なる待合なのだろう。とにかく、日本にある社食のごとく、お盆を持ったまま待たねばならない。しかし、僕らの真前で食事しているのは何と日本人男性2人組。ついつい会話をしていく内に、店内でかなり盛り上がってしまったのだ。彼らは、コスメティックの見本市がミラノにあるついでに、パリにビジネスチャンスがあるかどうか、ついでによって来たとのこと。そしてこのお店は偶然朝通りかかったときに、立ち寄ったとのこと。
しばらく話をしていると、明後日の火曜日に自分に出資しているアジアン料理のお店で集まりがあるので、是非ともこないかとのお誘い。何とも言えない偶然の出会いに、もちろん夜の当てのない僕らは快く承諾し、伺うことに。名刺交換し、是非とも東京でも会う約束を。
これがなんと、一緒に仕事をすることになるとは、、、
自分でもこの偶然の出会いには、本当にびっくりしている。人の出会いとは、わからないもの。
Gerard Muolt
76 rue de Seine 75006
tel 01 43 26 85 77
fax 01 46 33 49

このお店は、後でわかったことなんだけれども、二子玉川園の高島屋内にあるとのこと。興味のある方は行ってみてたらどうかな。

お腹に入ったところで、早速今日の最初の目的地、Pierre Chareauのガラスの家。これは、1930年代に鉄とガラスブロックで出来た、すばらしい建築物。もともと家具作家のシャローが設計した家。二川幸雄が写真撮っているGA editaのものが有名。
早速現地に行ってみるが、住所が特定できているのに、全く姿が見えないのだ。そう、ここはいまだに個人宅。表からは全く見えないのであった。見学もなし。
まず、建築見学1発目から、妻の冷たい視線を浴びることになる。それにしても、ここパリでは、この厳しい視線にほとんど連続して当てられっぱなしになってしまう。何だか悪い予感。そう、ほとんどこの冷たい視線を浴びせられることになるのだ。ついていなかったのだ。気を取りなおして、メトロに乗り、今度は、コルビュジェの代表作、ラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸。現在はコルビュジェ財団本部として機能しているとのこと。これが、なかなか見つからない。住所は完璧にわかっているんだけれども、それがインフォでもらっている地図上にはそこまでの詳しい住所は書き込まれていないのだ。感で、行くけれども、一向に見つからない。あっちこっち行く内に、看板発見。そこに向かって行くが、またまた迷ってしまう。不案内なのはどこの国でも事情は同じなのか。通りには、何やら人ごみがいるので、きっとここだろうと、真っ直ぐへ向かったところ、なんとそこは仮囲いに包まれたラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸があった。出入口は固く閉ざされ、全く中に入れず。やはり見に来たと思われる人達と一緒になって呆然と通りからの眺めを見るしかない。そして、背中に突き刺さる冷たい視線、、、。仕方がない、気分を取りなおして、次ぎの目的地に行くしかないのだ。
収穫一つ。コルビュジェ財団のすぐ近くに、彼”らしき”建物が一つ。1Fがピロティーで持ち上げられているボリューム。その奥には、綺麗に作られた庭が見える。ベランダは、幾何学模様で、決して見るものを飽きさせることのないインパクトがある。さすが、コルビュジェの生れた国。建築作品の出来は半端じゃないくらい綺麗なものに思いがけず出会うことが出きるのだ。
雨がぽつぽつと降り始めたところで、来たメトロの駅に戻るとする。とにかく天候が不安定で、晴れたり曇ったり雨降ったりと、決して傘を手放すことは出来ない。戻ったところにカフェがあり、そこでランチする。日曜日とあって、とにかく開けているお店が少ない。廻りを見渡すと、この店しか開いていないのであった。雨が降って、肌寒い気温なので、オープンカフェとはいかないが、とにかく最前列の窓際と陣取る。とにかく徹底的にミーハーなのである。
当然、カフェオレと軽くアップルパイを頼む。ここパリに入ってカフェオレを頼むと大きなコップに入ってくるのが嬉しい。寒い体を温めるのには本当に最適で、気持ち良くなる大きさ。そして、美味しい。抽象的な表現しか出来ないが、とにかくどこのお店に言っても、カフェオレの味にはムラがないのだ。
metro Michel Ange Auteuilcafe
LE VILLAGE D'AUTEUIL
48 rue d'auteuil 75016
tel 01 42 88 00 18

ラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸の帰りにでもどうぞ。

その後、パレ・ド・トーキョー(現在は市立近代美術館)、エッフェル塔、日仏会館、Porte Dauphine(ポルト ドーフェーヌ駅、アールデコで有名な)、凱旋門、シャンゼリゼ通りを、半日かけてとにかくメトロに乗り、街を歩く。特に、どうっていことのない道順のようの、思われるかも知れないけれども、なにしろほとんど歩いているのである。相当な距離数である。
それにしても、どこへ行っても、とにかく多くの人波に揉まれる事になる。特に、有名な場所は観光客でごった返している。これは、まぎれもなく、イースター休暇によるものだろう。とにかく、エッフェル塔の足下は、中に入るだけでも長蛇の列。とても並んでまでして時間を使うつもりはない。さっさと通り過ぎるしかない。シャンゼリゼ通りのカフェは大きく歩道までのびているのだけれども、どこも満席である。正直言うと、4月にはヨーロッパにはくるべきではないと思う。少なくとも2度とこの月にはこないとかたく心に決めているくらい。結局、どこへ行っても、自分と同じ観光客が街に溢れ、まともに思い通りにはならないのである。よっぽど時間が有り余って、そして待つことに対して何とも思わなければ。少なくとも僕にはできないのである。
さて、ここまで来て午後の4時くらいである。腹が当然のごとく減っているわけである。しかも、相当に歩き疲れているのである。しかし、レストランに入るにはちょっと時間がはずれている、カフェに入るにもシャンゼリゼは満席状態。ちょっとはずして、お菓子でも良いと思い、マカロンの老舗、ラ・デュレに向かう。これまた結構な人込みだけれども、何とかマカロンのセットを購入。余りにも腹が減ったので、行儀が悪いとは思いつつも、路上にて歩きながら食する。これがまたかなり美味しいのである。マカロン自体始めて食べるのだけれども、甘味と、柔らかい生地とが上手く混ざり合わさって、食感よし、味よしで二重丸。入れ物も、淡いブルーに着色され、色使いの品の良さには感嘆する。ここパリは芸術立国だけあって、色使いは独特。そして、とても品のある、ステイタスのある雰囲気が伝わってくるのだ。そうそう、思い出したんだけれども、僕らが建築の材料の色をきめる時には良く日本塗料工業の色見本を使用するのだけれども、この標準色以外にも、日本伝統色、フランス伝統色があるのを思い出した。伝統色であるのはこの2国しかないのである。アメリカ伝統色、イギリス伝統色は見た事ないな。というか、国の国旗の色とか、ブリティッシュグリーンとかは創造に値するけれども、それ以外は、思い当たる色って無いような気がする。
Laduree
16 rue royale 75008 paris
tel 42 60 21 79

1862年以来のマカロンの老舗。是非とも本場のものを味わってほしい。

●パリのカフェ、、、
さて、さらに歩き進み、オペラ座近くのカフェ・ド・ラペへ始めていくのである。今朝程のカフェは、まあ街外れな小さなものだけれども、今回のはかなり名が知れている老舗。これがまた例にもれず結構込んでいる。仕方がないが、僕らはハッキリ言って疲れている。最前列の席でお客さんが立ったのを目視出来たので、中に入って案内してもらう。これだけ有名なカフェだと、メニューもしっかりラミネートされており、まるでデニーズのメニューを見ているみたい。内容的にも写真付きで分かりやすいんだけれども、まあ、こんなところで食事を決め込む程じゃないし、よっぽどほかで食べた方が良いに決まっている。注文はカフェオレと紅茶。まあこんなものでしょう。特に感慨深いものはない。たしか、カフェ・ド・ラペって文化村になかったかな。何しろ東京にもあったようなきがする。オープンカフェの走りと言えば、東京の東光美術館跡のカフェが有名で、そのあとにはバタバタとつくられ、今となっては当り前のように街中に佇んでいる。珍しくないのである。だからたいした感慨も無ければ、気持の高揚もない。単にここはパリというれっきとした外国であるという事実だけ。なんだかつまんないのである。よっぽどウィーンに始めて入ったカフェの方が感動的であった。パリのカフェは、狭いし、うるさいし、何を持ってこんなところで、一生懸命肩を寄せあって喋らなくてはいけないのか、良くわからない。正直、イメージと違う。
cafe de la paix
12 bondlevard des capucines 75009 paris
tel 40 07 30 20

本場のカフェを体験したい方どうぞ。でも、僕はよっぽど用事が無い限りはいかないだろうな、ここは。
歩き疲れたところで、一旦ホテルに戻るとする。僕らの生活パターンはもう大体一定して来ている。朝に外出、お昼をどこかで適当に。夕方一端ホテルに戻り、夜にディナーに出かける。夜遅く帰って来て、就眠。そんな生活は、はや2週間経とうとしている。
ひと休みしたところで、パリで最初の本格的ディナーを食べに出かける。とはいっても、三ツ星レストランは始めからパス。家庭料理を出すお店である。ポリドールというお店が僕らの目的地。これまたいってみると、店先の道路まで、人で溢れているのである。どこへ行っても忍耐をしいられるのである。実は、ホテルに帰る前に、一度場所だけ確認しにいったが、お店の前は大混乱状態だったのだ。今は、その大混乱程では無いけれども、結局店先で20分位待たされる事になる。
中に入ると、とにかく狭い。隣の人と肩をぶつけながらの食事は、カフェ同様にパリっ子は好きなのか。ここはレストランというよりは、居酒屋に近いのかも知れない。陽気なおじさんウエーターが英語のメニューを持って来てくれるけれども、語学力のなさか、さっぱり何が出てくるのかわからない。多分遠巻きに僕らの事を見ていた、この陽気なウエイターは何と日本語のメニューを突然持って来てくれたのだ。確かに有り難い。でもそれくらいに日本人もここにくるのだろう。とにかく、僕らの情報源は、過去のフィガロとかハナコとかいった情報誌がメインだから、当然同じように嗅ぎ付けてここに大挙して、ここに押寄せたことは想像に値する。そんな日本人も今夜メニューに困り果てながらも、一組ここにいるわけだ。人の事は全く言えません。
前菜は、ほうれん草のサラダ(手がベトベトになるくらい油っこいのだ。でも美味しいのだ。)何とかのテリーヌ、主菜はカレー風味の豚肉煮込み、一方は白身魚のフライ、それとチキンとイモの煮込んだやつ。軽いデザートもついて、かなり満腹。今までの、チーズにバターにピザにパスタの事を思うと、本当にホッとする内容である。どうして国が隣同士にもかかわらずこうも違うものなのか、食も文化の内だな。つくづくそう思いながら、ホテルのベッドに仰向けになりながらぐっすりと深い眠りにつくのであった。今日もハードな一日だった。
POLIDOR
41 rue monsier-le-prince 75006
tel 01-43-26-95-34

2001.04.16.(mon)

●見つかるメモリースティック
笑える話なんだけれども、何と、完全になくしてしまっていたと思われていたデジカメ用のメモリースティックが発見されたのだ。 今日は、朝から天候もそれ程良くなく、パリの気温はとても低いのだ。きょうはしばらくぶりにタートルネックのシャツを広げた瞬間にポロリと出てきたのであった。シャツの間に挟まれていたのだ。一瞬の間を置いて僕らは顔を見合わせ、爆笑してしまったのだ。イタリアからずっと付きまとっていた胸のつっかえが一気に抜けた瞬間である。これでデジカメの写真が思いっきり残り枚数を気にすることなく撮れるのである。しかし、あれだけカバンの中を調べ尽くしたのに、こんなところにひょっこり出てくるものなのか。不思議だ。

●すべてにおいて、閉鎖されているパリの休日
朝は、昨日と同じGerato Mulotに行き朝食をとる。もう、一回行けば手馴れたもの。ほしいものを指差し(ちなみにここはほとんど英語は通じないのだ。)、あとはカフェオレを注文。いたって簡単。席は十分に確保されている。昨日は日曜日の朝ということで、各家庭はイースターを祝うのであろう。今日は打って変って、程ほどに人はいるものの、席には付ける。まあ、当り前だけれども、昨日あった日本人はいなかった。明日、彼らのプロデュースしているお店に伺う約束をしているのだ。
足早に、ここでの用済ませ、早速今日の建築ツアーに出掛けるとする。
一番始めに、カルチエ財団という建物。いまでは超一流となった建築家Jean Nouvel の作品。ガラス貼りによる、レーヤ化された建物。光と反射光により、幻影のようにその存在自体をなくしてしまいそうな錯覚。大半は地下に埋もれているとのことだけれども、地上は7階建てとかなりのボリューム。しかしガラスの軽快感はそれを意識させない。中にはアートスペースあり、普段は展示会とか開かれている。つい最近まではイッセー三宅の展覧会だったバス。しかし、今は(今日は?)全く建物自体は閉じられている。朝一番の建物見学からして、またもや妻の冷たい視線を背中に浴びることになる。しっかし、今日一日中そんな不運としか言い様の内ついていない一日であったのだ。
Fondation Cartier (1994)
261 boulevard raspail (14e) paris france
architect jean nouvel

開いていないので、さっさとここを切り上げて、次なる目的地、クリスチャン・ド・ポルザンパルクの作品、オートフォルムの集合住宅を見に、地下鉄を乗り換え、最寄の駅に到着。
駅前に丹下健三が建てたつまんない作品(Gran Ecran)がデンと構えている。さっさと通りすぎて、さらに進むが、地図にははっきりとした、場所が明示されておらず、ほとんど手探り状態。それらしきものをもとめていくのだけれども、一向に見つかる様相がない。
そのうちに、多分ポルザンパルクか、アンリ・シリアーニが設計したと思われる集合住宅を発見。最初はここが目的地かと思ったくらいだったけれども、近づいてみると、違う。しかし、建物自体はとても造形的には良く考えられている。どうしてこうも、造形的に日本の画一的なマンションの作り方しか出来ないのか。良く理解できない。自分も、いままで会社にいた時代は、沢山のマンションの設計に携わってきたのだ。それこそ、合計の戸数にしたら500戸近い。しかし、ほとんど、どれも同じようかんを切ったような、蜂の巣状態の集合形式。内部的には当然いろんな仕掛けがあり、それぞれの設計は違うにせよ、スタンス持ち方自体が、全く違うことに驚いてしまうのだ。生活のパターン、生活に対する欲求、あるいは都市生活者としての考え方など、全く違うものを求めているのではないかと感じさせるくらいの、多様である。少なくとも外観から見る限りは。そう、都市生活者としてのありようは、農耕民族日本人にはとても理解が出来ないのかもしれない。 これが、より鮮明にわかったのは、実際にパリ市内に住んでいる建築家の友人にその辺を聞いてみて、そしてアパルトマンとは何なのかを見せ付けられたときには愕然とするのであった。
ところで、さっきっからオートフォルムの集合住宅は一向に見つからないのだ。だいぶ歩きつかれてきたところで、ふと裏通りの遠く突き当たりを見たら、あった。もうここまできたら行くしかないでしょう。やっとのことでたどり着くのも、考えてみれば、集合住宅なので、設計の仕方にも寄るが、全く閉ざされた建物であった。建物自体はいくつかのボリュームの集合体だというのは理解できるけれども、中には全く入ることは出来ないのだ。しかも、今日は朝から薄曇の陽気。ポツリポツリと雨が降り出してきている。ぐるりと回りながらも、まあ仕方がない。外観だけで我慢するか。空間を体験しないと意味ないのはわかったいるけれども、妻にはそんなことは言えずに、盛んにフンフンと鼻をならして、満足している風に見せるしかなかったのだ。
Hautes-Formes housing (1979)
rue des hautes-formes (13e) paris france
architect Christian de Portzamparc

丁度お昼になるところでも、ここはパリ中心街からちょっと離れた住宅街。ちょっとさびれている。しかも、さっきから通りにはほとんど中国人と思われる東洋人ばかりであり。中国人街なのかなここは。
もう来たメトロの駅からは相当に歩いてきているので、別のメトロに行くとする。と、その途中で街の賑わいが少し感じられるところにでてきたところで、角地にどこだけやけに人が入っている中華料理のお店発見。お腹が空いたことだし、入って見ることにする。
何と、内部はビュッフェ形式で、食べ放題。値段は@89FFとちょっと高めと思うけれども何しろ、出てくる料理の豊富さには圧倒される。しかも次から次へと、間髪入れずどんどん出てくるのである。もちろん食べ放題。まあ胃袋がそれ程大きくない僕らにとっては、それ程ありがたい制度ではないけれども、とにかく少しずつ口にするものは、どれも美味しかった。ついでにデザートまでちゃっかり頂いてこの値段は、まあ理解できるのかもしれない。

中華料理 ”牛柳養庭”
住所連絡先は忘れた。行けばわかるが、、、行くことあるかな。ないな。

さて、次なる目的地、今度は、フランスの建築家ドミニクペローのフランス国立図書館。なかなか壮大な建築で国際コンペ当選の頃から建築界では話題になっていた建物。
さて、メトロの駅をおりて驚いたのが、図書館に向かう前にいくつかの集合住宅の中をすり抜けながら向かうのだけれども、この建物群のデザインのセンスの良さ、色使い、そして建物自体の機能美に驚いた。特に今回持ち合わせた建築案内書には出ていないけれども、相当に良く出来た建築物。しかも、建物を歩道を通すこと自体、都市計画的にも良く考えられている。行政レベルで、これくらいのことは、思いきって日本でもやってほしいと感心するくらいにオープンスペースが十分に、そして機能的に働いている。ウィーンでもイタリアでもたしかにこのような箇所は都市の中ではあっちこっち見受けられているが、これはヨーロッパの人達はごく自然に都市の機能の仕方の一つとして受け入れているものなのだろう。集合住宅のバルコニーにも木製の日除けがつくられ、光を一戸一戸調整しているので、ファサード面にいろんな表情が出てくる。考えられたものだ。
さて、それらを通りすぎると、一気に地形が開かれ、圧倒的な大地の上(人工地盤)に国立図書館のL型の建物が現れる。大地の下に閲覧室が設けられており、地下に潜る感じで、アプローチをする。しかし、今日は閉館であったのだ。月曜日とくれば、日本でも図書館、美術館などの公共施設は結構休みだ。同じことをここパリで遭遇することになるのだ。それにしても、ついていない。

french national library (1994)
quai de la gare (13e) paris france
architect Dominique Perrault

しばらく呆然と、この巨大な建物を眺めるのも、気紛れな天候に穴をたたかれるように、ここ近辺はまた雨が降り出してきた。
次なる目的地はパリ市立技術・行政都市。ミッシェル・ガガンという建築家の作品だけれども、デ・スティル的な表現、大胆な構成が写真から見る限りとても美しい。しかし、ここはパリ市の街外れ、地下鉄もここへは全く来ていない。歩くしかない状況の中、天気はどんどん悪くなるし、行く道とは言っても、道路が工事中で足元ゆるいし、人通りも少なく、かなり物騒な感じのする場所。少なくとも夜は一人歩きは絶対に出来ない感じ。いざ行ってみると、写真での美しさはどこへいったのか、排気ガスにかなり汚れが目立ち、折角の造形も台無し。やけに貧相に見える建物。持って行ったデジカメの電池も残り少なく、危険信号を発しており、ここは、足早に退散するとする。

cite technique et administrative de la ville de paris (1991)
5 quai d'ivry (13e) paris france
architect Michel W. Kagan


●パリの街の美しさ

外環の道路に向かい、とにかく来たバスに拾ってもらう。この時には、雨の勢いは最高潮に達しており、バスには本当に助けられたというのが正直な感想。このバスは、真っ直ぐそのまま来たに向かい、ラ・ヴィレット公園に向かうもの。都合がとても良いのだ。
ラヴィレットは僕が学生の頃にバーナードチュミの設計したこの公園内の施設が、あまりにもエポックメーキングそしてドローイングの美しさに圧倒された思いがあり、是非とも行ってみたいところ。そしてそれに隣接して、先程と同じ建築家のポルザンパルクの設計した音楽都市というすばらしい建物もあるのだ。
バスは渋滞に遅々として進まない、イライラする人の中で、僕らは返って街中を観察できる観光バスとしての役割に満足。本当に、ここパリの街は美しい。それは何も綺麗にしているということではなく、都市に人がいて、商店があり、車があり、建物がある、基本的なエレメントがそれぞれの役割を演じつつも、しっかりとそれぞれの”役割”を示している姿勢に感動してしまう。街は、人が住んで、始めて”生きている”ことを実感した瞬間である。それに比べれば日本に都市は余りにも都市に住む事をないがしろにしすぎてきたのではないだろうか。

●音楽都市、ラ・ヴィレット公園

さて、ラビレット公園に近づいて来る内に、ふと目にした建物が、ポルザンパルクの作品だと直感し、急いでバスを降りる。たしかにポルザンパルクだと思ったけれども、何の建物なのかはわからない。たしか、過去のa+uという建築専門誌に掲載されていた微かな記憶があるだけ。
ゆるいアールの壁面とスクエアなボリュームの組合せは、日本人の感性ではないが、美しい。
ここを後にして15分くらい歩いたところで、ラ・ヴィレット公園に到着。まずは、公園の入り口にポルザンパルクの音楽都市、道路対面には同じく設計のホリディ・インがあり、都市空間を締めている。
音楽都市はとにかく美しい。そして造形的に良く考えられている。光の通り方、局面のさきの空間のシークエンスのダイナミックさ、それから地形を利用した、巧みなゾーニング、、、、とにかく驚きの連続。残念ながら許可がければ中には入れない。完全に関係者以外はシャットアウト。これは、ちょっと残念。なにせ、ここはラ・ヴィレット公園の入り口。開放された空間との対比で、もっともっと都市に活気があったのではないだろうか。
オープンスペースは、管理と逆の考え方で、運営側の力量が問われるところ。逃げれば、設けないし、積極的に都市に関わりを持ち貢献したいのか、考え方はそれぞれであろう。日本はどうなんだろうな。前者が大半だろうな。
ここに併設されているカフェにてしばらく休むとする。とにかく今日は、建物に締め出され、天候に左右され、漂流者のごとくやっとここにたどり着いたわけだ。

parc de la villette (1982〜)
211 avenue jean-jaures et
30 avenue corentin-cariou (19e) paris france
architect Bernard Tschumi

music city (1995)
21 avenue jean jaures 19e) paris france
architect Christian de Portzamparc

●都市に住むということ

さて、肝心のラ・ヴィレット公園なんだけれども、何とここでタイムアウト。実は、今日は、夕方友人の建築家Mark Diletと約束をしているのだ。
後ろ髪引かれつつもここを後にする。メトロにのり、真っ直ぐ彼のアトリエに行く。始めてのアパルトマンの体験。興味津々である。
ベルで中に通されると、そこは薄ぐらい階段室。当然である。建物がひしめき合う中で、唯一の光は中庭から降りてくる天空の光しかないのだ。中を通されると、採光面は通りに面する側だけ。光はそれ程望めるわけではない。たまたまこの部屋は南向きだけれども、光はそれ程入ってくるわけではない。薄ぐらい感じだけれども、何故か居心地がとてもよいのだ。室内は天井が高く、3.5m近くはあるだろうか。部屋は基本的に2DK形式。日本にもある様な形式だけれども似て非なる、使い勝手はかなり良さそう。そして各部屋が広い。こんなアトリエがあるなんて本当に羨ましい。
彼の言うことで印象的だったのは、都市に住みたいのか、田舎に住みたいのか、それは一人一人の考え方であり、それぞれの良さがある。都市には便利さの変わりに切り捨てられているしまったところもあるし、田舎も同様である。問題はそのどれを選択するのかによると。
当り前の様だけれども、実は当り前になっていない日本の現実に、これまた愕然としてしまった。都市とは何か、年に生活するのは何かは、彼ら西洋人ははっきりと理解しているのだ。一方の日本人は、何でも享受しようとする。正直欲張りである。生活するにも、自分にとって何が必要で、何が不必要なのかはっきりと区別する必要があるでのは。それは当然自分に対する問いかけでもあるんだが。
Marcは実は仙台に作品を残しており、僕がたまたまここ仙台に住んでいるのだ。不思議な縁だと思った。彼に連れられ、高級だけれども、田舎なフランス料理屋(オーヴェルニュー地方と言っていた。)に行った。出てくるチーズとか、ワイン、料理ともども絶品。決して、僕らがイメージするフランス料理の華やかさは全くないのだけれども、質実剛健とでもいうのか、とても実直な料理を食べることが出来た。昨日のポリドールともまた違ったもので、これまた良し。
ambassade d' auvergne
22 rue du grenier st. lazare 75003
tel 42 72 31 22

パリを訪れることもきっと将来あるだろう。その時にはまたお邪魔したいと思う。またMarcにも会いに行こうと思う。
帰り道、パリの繁華街を少しだけ付き合ってくれたんだけれども、本当に気持ちの良い夜の一時。人との出会いって、旅には絶対に必要だなと新ためて思ったところで、エッフェル塔が遠くに見える橋のところで彼とお別れ。



 02

 

 


飛行機から見た
アルプスの山々。

 

 


Gerard Muolt
ここでの出会いが
思わぬ方向に。

 

 


ジャンヌレ邸の
近くにあったセンスの
良い集合住宅。

 

 


これも、近くにあった
建物。コルビジュエかと
思ったけれども、
違うのだ。

 

 


ジャンヌレ邸。
哀しいことに
仮囲いの
状態だ。

 

 


パリ初カフェ。
小さな所だったが
品が良かった。
アップルパイが
美味しい。

 

 


パレドトーキョ。
何でこれが日本館
なのか、良く分らない。

 

 


エッフェル塔。
しかし、足元は
とんでもなく、混雑。

 

 


これは、アールヌーボ
様式の駅舎。

 

 


ペントハウスの形状は
結構、ユーモアが
感じられる。
顔のように見える。

 



シャンゼリゼの奥には
観覧車があり、
ランドマークの好きな
街である。

 

 


カフェドラペで
お茶を楽しむ。
最前列というのも
いかにもミーハーな
私達。

 

 


POLIDORという
大衆レストラン。
ものすごい込み様
だったが、楽しかった。

 

 


人工密度が
分ってもらえるかな。

 

 


カルチエ財団。
残念ながら、
閉まっていたのだ。
でも、これだけじゃ
なかったのだ。

 

 


ワンちゃんが
こっちをジッと見て
いたのだった。

 



帰り道にあった
照明のお店。
とってもクールな
デザイン。

 

 


色もさる事ながら
形状も美しい
建物。だれの
設計なんだろう。

 

 



単なる建物でも
プロポーションが
美しいのだ。

 

 



ポルザンパルク設計の
オートフォルムの
集合住宅。

 

 



設計者はわららないが
美しい、そして街に
溶け込んでいる建物。

 

 


バルコニーには
木製の日差しよけが。
表情も毎日変るのだ。

 

 


国立図書館。
スケールが壮大過ぎて、
圧倒されっぱなし。

 

 


それにしても
大きい。

 

 



パリ行政都市。
かなり汚くなっていた。

 

 



ポルザンパルク設計の
学校だと思う。

 

 



ポルザンパルク設計の
ホリディイン。

 

 



ポルザンパルク設計の
音楽都市。
もう感動もの。

 

 


赤いランドマークが
あっちこっちに。
この手法は
いまだにインパクトが
あるね。

 

 


雑誌でしか見ていない
美しい形状が
目の前に。