<2015.08.27 K.Kotani>「アニメーター低賃金問題」を考える


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2015年8月27日

「アニメーター低賃金問題」を考える



 「アニメーター」(この文章では、商業用アニメーション映画で、動きの元になる「動画」を主に鉛筆またはペンタブレットで描く人、とする。その他のアニメーターもいろいろあるが、ここでは触れない。)は、低賃金で、重・長時間労働にあえぐ気の毒な人々で、なんとかしないと、「クールジャパン」の中核である商業アニメーションの継承者がいなくなり、えらい事である、という文章が最近ネット上で目につく。きっかけになったのは、 日本アニメーター・演出協会(JAniCA)による、アニメーション労働者へのアンケートの集計結果で、「動画職の平均年収110万円」という結果が公表された事のようだ。

過去にマスコミ等に取り上げられた「低賃金問題」



 この、「アニメーター過酷労働低賃金」問題については、1977年に「マスコミ評論」誌に掲載された「アニメブームを支える裏方の異常実態」という文章が、マスコミ上で取り上げられた最初の記載のようである。この文章には、「アニメーター低賃金の原因は、手塚治虫が赤字覚悟で超低価格でTVアニメ「アトム」を受注し、その低価格が原因でTVアニメの単価は上がらず、アニメーターが過酷な生活を余儀なくされている。」という「神話」が一アニメータの話として掲載されており、その「神話」が今でも一部では信じられている様だ。(この「神話」が誤りである事は、津堅信之氏が著書で前後関係を詳しく調べた上、「当時のアニメーターの待遇は、悪くなかった」と言う事を証明している。)



 次にマスコミ上で取り上げられたのは、90年代の「AERA」。同じく低賃金問題を取り上げ、「「月収数万円」の若手労働者がいる。」「貯金を取り崩しながら働いている」などと、低賃金を告発する調子であった。同じ時期の別の雑誌の記事には、「スタジオの低賃金のアニメーターが生活保護を受けられないか、と役所に相談に行ったら、「同じ時間に牛丼屋やハンバーガーショップでバイトをすれば十分食べられるのに、好きでやっているのだからダメ」と断られた、という内容も見た記憶がある。演劇や音楽で食べられない人と同じ、という事だそうだ。



 さらに飛んで2009年の日本アニメーション学会の大会でも、アニメーターの低賃金の件について、「50-100万の間位」という発言があり、「ただし、アニメーターは独立自営事業主であるため、会社からは正確な把握が困難」という発言もあった。「全部のアニメーターを正社員にすると、人件費が三倍になって、アニメの会社は全部潰れる」という発言もあり、また、「とりあえず、アニメーターになりたい人は全員なれる、という現在のシステムを止める、という事に疑問を感じる」という発言もあった。

 ええっと、「アニメーターになりたい人は全員なれる」のでしょうか?

 その一方で、「絵のヘタクソなマンガ家はいっぱいお金もらってるのに、上手なアニメーターさんはなんで貧乏なんだ」というネットの書き込みもあり、確かに雑誌のマンガにはぐしゃぐしゃの絵もあり、放送・上映されている(現在の)アニメの絵はみんなきれいにまとまっている。

 アニメーターになりたい人は全員アニメーターになれて、その人は全員絵が下手なマンガ家よりは上手で、それでもお金が稼げない、のだろうか。

全員なれる?「アニメーター」

 個人的な経験を書く。高校生の頃は、私もアニメーションのファンで、自主制作をしながら、将来はプロのアニメーターになりたいと考えており、芸術系の進学を考えていた。が、高校の美術の先生から、「とりあえず芸術系でなく、普通の大学に進んだ方が良い」と言われて普通の大学にゆき、いろいろあって自主制作の道を歩む事になった。そのきっかけは、相原信洋氏と出会って、「自分の作品を制作する道がある。」という事を知った事もあるが、後から考えると「どうも、自分のこの画力では、プロのアニメーターは無理ではないか」という事に気づいた事が大きい。

 大体、人間一つの事を目一杯2-3年やると、自分の実力は分かるものである。(この事は、覚えておいてもらいたい。)

 結局、普通のサラリーマンになったのが1981年。自主製作は続けていて、1984年には自主アニメ団体「近メ協」をスタートさせた。
 この「近メ協」に、元プロのアニメーターの方が、参加された。
 アニメの専門学校を出て、プロのアニメーターになったが、月1万5000円位しか稼げないので、辞めて関西に帰って来て、印刷会社に勤めている。今はちゃんとした給料がもらえている、との事で、「オネアミスの翼」に動画として参加したが、描いた動画は無修正で使ってもらえた、アニメーションはやりたいので、自主制作で続けたい、との事だった。

 「オネアミスの翼」は、1987年公開の長編作品だ。動画の品質も悪くない、どころか、映画としての評価は別として、作画のレベルは高い、という評価を受けている。
 だから、普通に考えると、「絵はうまい」はず、なのだが・・・
 自主制作作品の絵を見て、うーん、と思った。(俺の方がだいぶうまい・・・・・)

 考えてみれは、アニメーションの「動画」という作業は、極端に言えば二本の線の間にきれいな線を一本いれる作業である。(実態はそうでない事は知っている。)動画の種類によっては、絵が下手でも、商品として通用する動画が出来上がる事もあるだろう。その結果として、月収1万5000円なのかな・・・

 ひょっとして、無理矢理突撃しておれば、俺でもプロのアニメーターになれたのかもしれない、と思った。

 知っている人は知っているが、私は、関西の自主アニメーションの上映会にはたいがい行っている。その結果として、アニメーションの専門学校や、芸術系大学の卒展などにも極力足を運ぶようにしている。(最近は数が多すぎてカバーしきれないが)
 何年か前に、ある専門学校の卒業制作上映作品を観て、考え込む事があった。
 「この4月から、プロのスタジオで働く人が、この絵で大丈夫なのか?!」
 卒業制作であるから、時間はそれなりにしっかりかけて作っているはずなのだが、普通の高校の文化祭で上映しているような自主アニメ作品とあまり変わらないような感じなのである。

いつ、「アニメは出来高払い」になったか

 話を「アニメーターの待遇」に戻す。かって、大塚康生氏はアニドウの機関誌「フィルム1/24」誌上で、「最初は鼻血がでるほどこき使われて、月三万くらいしかもらえなくて、それで何年かやって才能がないと分かったらつらいですよ。」「銀行に行って札ビラ数えていたら最初から月8万くらいもらえるわけでしょ」と言っていた。(初任給8万円位だから、70年代の話だ。)
 この頃には、すでにアニメーターは「出来高払い」になっていて、新人の頃はお金がほとんどもらえない、という状態になっていた。アニメプロに就職した子供の初任給の給与明細を見て、親が会社に「どうなっているんだ」と怒鳴り込んだ、という逸話もこの頃の話だと思う。

 50年代から60年代にかけて、東映動画・虫プロ・タツノコプロなどが続々と設立された頃は、アニメプロもみんなスタッフを「正社員」として雇っていた。スタッフ募集の新聞広告を見て、全国の若者が「これからはアニメーションの時代だ」とばかり、あちこちのアニメプロの門をたたいた。虫プロの給与などは、優秀なスタッフ確保のためか東映動画よりも大分良く、「手塚は札ビラでほっぺたを叩いて人を引き抜いている」というような話もあったようである。
 この頃はまだ「商業アニメーション」のビジネスモデルも確立しておらず、「とにかくアニメスタジオを作ってアニメーションを作ればなんとかなる」と、「バスに乗り遅れるな」とばかりに競って各社が業界に参入した。東映が製作した日本初の長編カラーアニメ映画「白蛇伝」においては、当初アニメ経験者が二人しかおらず、後は全員新規採用の新人アニメーターで、新人育成をしながら製作するという状態だった。また、虫プロでは、「アトム」とは別に商売になるかどうか分からない実験的作品を制作してみたりしていた。

 この後、「アトム」の商業的成功を見て各社はTVアニメに参入、大量の新人アニメーターが出現した。現在日本アニメーション協会の会長・古川タク氏が新人アニメーターとして「鉄人28号」の動画を描いていたというのもこの頃である。
 急増した新人アニメーターの急速養成に、「日本アニメの父」、政岡憲三氏が一役買っていた、という事も最近明らかになったが、ほとんど素人の当時の新人アニメーターがなんとか作品制作をこなせたのは、一つには、当時のTVアニメの絵が現在に比べて非常に単純であったことがあるようだ。初代白黒オバQ。この動画なら、今のアニメーターなら一枚200円で余裕で食べて行けるような気がする。一方、集まった新人達の芸術的素養が非常に高かった事も、その要因であると思う。虫プロの白黒版「鉄腕アトム」の演出陣・作画陣、東映動画長編スタッフのその後の活躍ぶりは見事なもので、これを「東映動画・虫プロは人を育てていた」という見方もあるだろうが、「それ、これからはアニメーションだ」と、当時全国から集まった若者達から選りすぐられた人材の素質の優秀さを証明するものと私は見るのである。
 この「これからはアニメーションだ」と見る優秀な若者がアニメーションに集まる現象は70年代から80年にかけての「アニメ・プーム期」にもあり、「ヤマト・ガンダム世代」と呼ばれるクリエータ達を生んだと私は見ている。また、2000年頃の「クール・ジャパン」ブームの時期にもこの現象はあったようだが、この世代は現在まだ若く、もう少し成長を待つ必要がありそうだ。

 閑話休題。この時期、TVアニメ(当時は、テレビまんが、と呼ばれていた。)は急速に成長し、各局で競うようにTVアニメを放送し、各プロダクションも盛大に人を集めて製作していたが、やがて、ひとつの問題が発生した。
 TVアニメというのは、いったん始まったら永久に続くものではなく、人気がなくなったり、スポンサーの都合で、プロダクションの思惑とは関係なく、いきなり終わってしまうものなのである。
 たとえ終わっても、次のシリーズを受注できれば良いが、たとえば今まで週三本のTVアニメを作っていた会社が、週一本になったとしたら、今までかかえていた三本分のスタッフの内二本分のスタッフが遊んでしまう。
 この「遊んでいる」スタッフにも、給料は払わなくてはならず、収入は一本分しかないから、会社は潰れてしまう。
 虫プロは潰れてしまったし、ジブリでも仕事の暇な時期に「エブァンゲリオン」の下請けをやっていた、という事もあったそうだ。
 逆に、週一本やっていた会社が二本三本受注すると手が足りなくて制作が間に合わなくなる。「鉄腕アトム」では、過去に放送した何本分かを再編集して一話分を作ったり、「赤毛のアン」で、間引きされた動画シーンが放送されたり、「ガンドレス」で色塗りが間に合わなくなって「お詫び」を張り出しての劇場上映になったり、「間に合わなくなった」実例はいろいろある。昔楽しんで観ていた「ワンサくん」の「ミュージカル特集」も今考えると怪しい。

 かくて、東映動画では正社員の新規採用を止め、契約社員としての雇用に切り替えたり、独立志向の高いベテラン社員に「下請けプロダクション」を作らせ、「仕事毎に発注」するシステムに切り替えた。こうすれば、TVアニメの受注本数が減っても、経費も減るので会社は潰れる事は無くなる。また、仕事の増えた制作会社は、今までと別の下請け会社を探してそこに追加の仕事を回せばよいわけである。下請けの会社の方は、ある制作会社からの仕事が無くなったら別の元請けを探せば良い。

 業界全体でのTVアニメの受注量はそんなに大きく変わるものではないから、この「作品毎にスタッフを集めて制作する」システムはその点では合理的であり、業界全体がその方向に動いたようだ。

 下請けプロダクションでは、個々のアニメーターを社員として雇用するのではなく、アニメーター個人個人が事業主となり、会社でまとめて下請けの仕事を受注し、アニメーターに細分化して配分して、出来高で売り上げを配分している。
 はては、どこのプロダクションにも所属せず、個人として直接下請け仕事を受注するアニメーターまで出て来て、「アニメーターの個人事業主化」は固定したようだ。

貧乏な新人アニメーターの出現

 さて、この「完全出来高払い」の業界に、「新人」のアニメーターが「入社」すると、どうなるか。

 普通の会社には、新人には「初任給」があり、「教育期間」があって、まったく業績に貢献しない時期にもそれなりに給料がもらえる。会社も、「最初は全員そう」なので、新人が業績に貢献しなくても、それは「折り込み済み」であって、所定の期間が過ぎた後に、業績を上げて取り戻してくれればよい、と考えている。

 一方、アニメーターは、「独立事業主」で「出来高払い」であるから、新人の間も、基本的に、仕事した分しかお金はもらえない。
 この、「出来高払い」というのも、描いたら描いただけお金がもらえる、という事ではなく、「描いた中から、商品として使い物になる動画だけの分」お金がもらえる、というシステムである。

 新人のアニメーターが原画を渡されて、中を割って動画を描いて、「出来ました」と提出すると、先輩・上司がチェックして、OKから良いが、最初はたいがい描き直し(リテーク)になる。言われた通りに描き直して持って行ってダメ、また描き直して持って行ってダメ、ようやく「んー、まあ、いいか」とOKが出たのはいいが、気がついたら一日が終わっていて、「一日がかりで出来上がった動画5枚」という事になり、その日の収入は、動画の単価一枚200円とすると、1000円、一ヶ月休み無く働いて月収3万円という計算になる。
 一日5枚ならまだいいが、昔の知り合いの方の場合、「月収1万5000円」だったそうだから、月産75枚、一日三枚弱しか仕上がらなかった計算となる。

 「アニメーション 原画」で画像検索すると、今のアニメーションの原画がどんなのか見られる。線の数が「オバQ」に比べるとやたらと多く、絵が込み入っていて密度が高く、「普通」の人が描いたら、一日2-3枚でもあまり不思議ではないと思える。
 この密度の絵を描いて、年収110万稼ごうとすると、年産5500枚、年300日働くとして、一日20枚近く仕上げる必要がある。大変である。

 この環境で平均年収110万稼ぐ、というのは、現在の動画職アニメーターは(少なくともアンケートに答えた方々は)昔のアニメーターより大分優秀なのかもしれない。

 まあ、アニメというのは全部が全部ごちゃごちゃした絵ではなく、遠くの方に小さなキャラクターがぽつんと立っていたり、口バクと言って口の部分だけの置き換え動画もある。下手な人には簡単な仕事しか回さない、という話もあるので、ある程度の枚数はこなせる様だ。(その分、上手な人は難しい動画が回って来て手間がかかるわりに枚数が上がらず、不満の元になっているそうだ。)

 2009年の日本アニメーター・演出協会(JAniCA)のシンポジウムの中で話されている内容によると、、入って2-3年のアニメーターで、現在要求されている動画の品質で描くと、月産500枚がせいぜい、月収10万円が限界だそうだ。
 とすると、年収120万。入ってすぐ・年収数十万の人間が一杯いるのだから、その人たちを入れると平均110万というのはどうも「高すぎる」。
 動画職アニメーターの平均年収は本当はもっと低く、超低年収層のアニメーターがアンケートに答えていないか、アンケートに答える前にどんどん辞めてしまっているのではないかという気がする。
 一方、同じシンポジウムで、海外への動画作業流出で、国内の動画職アニメーターに「仕事がない」状態が断続的に続き、その結果として収入が上がらない、という発言もあった。また、きちんと仕事を配分できるように会社として受注をコントロールできれば、月収は12万以上となり、中には月20万稼ぐ動画職アニメーターもいる、という発言もあった。

 実際のところ、正確な平均の数字については、確定した統計数字はなく、よく分からない。しかし、新人を中心に非常に収入の少ないアニメーターが存在し、動画職全体の平均は100万円程度らしい、という事は推測できる。

   こういう状態になったのは、1970年代で、以後ずーっとそうである。

新人アニメーターの離職率 9割

 最近のネットの記事によると、「動画職になれるのは、10人のうち8-9人、その上の原画職に上がれるのは、10人のうち2-3人」という業界の方の発言がある。この10人の定義は掲載されていないが、「アニメーションの専門学校のアニメーターコースを普通に卒業したくらいの人」をさすものと見て良い、と思う。「動画職になれる」という定義もないが、平均年収程度は稼げる力量がある、という事と観る事にする。
 新人のアニメーターの離職率については正確な統計はないようだが、関係者の実感によると「数年で9割が辞めている」そうだ。

 さて、この貧乏な新人アニメータ達の日々の生活はどんなものか。

 過去のアニメーター貧乏物語の記事に寄ると、「明らかに何も食っていない奴がいる」ので、社長が箱でインスタントラーメンを買って来て、安くで食べさせている、とか、「少しでも枚数を上げて稼ぐため、徹夜の連続で描く」とか、「鉛筆を削る時間を節約するため、鉛筆を回しながら線を引く(手動のクルトガ!)」とか、悲惨な物語が続く。昔出ていた「私は貧乏なアニメーター」という単行本には、いろいろなエピソードが載っているが、どうも一人の方のお話ではなく、複数のアニメーターの逸話を集めて作ったセミ・ドキュメンタリーのようである。
 また、最近では、とあるアニメプロダクションが「一年間はほとんど無給です。その代わり、無料で仕事を覚えられます。」という求人広告を出して話題となった。なんと、正直な「広告」ではある。
 アニメプロダクションも、最近は「都内近郊の自宅から通える人」しか採用しない、という話もあり、理由は「家賃・食費をまかなえるだけの給料を払えないから」自宅から親掛かりの人でないと無理ですよ、という事のようである。
 どうも、「入社」して、一年近くは月収2-3万円、というのが「普通」のようであり、とするとこの期間の年収は50万未満と思われる。
 半分アニメーター、半分牛丼屋かハンバーガーショップでアルバイトすれば、多分生活はなんとか出来るのだろうが、先にも述べたように寸暇を惜しんで作画しないと枚数が上がらないし、量をこなさないと技量は上がらないから、「掛け持ち生活」は事実上不可能の様だ。

 この過酷な生活と、激安の賃金の前に、新人アニメーターの9割は、辞めて行くようである。「10人のうち、2-3人は原画になれる」という先の業界の方の言葉によると、「原画になれる」素質のある方まで、辞めてしまっているという事になる。
 大塚康生氏のいう、「何年もやって、才能が無いのが分かったら、それはつらいですよ。」という前に、才能のある人まで辞めてしまっている事になる。

「空洞化」なんか起こらない

 最近、ネット上で、「このままではアニメ制作現場が空洞化し、クールジャパンを支えるアニメ産業が自壊する。」というような趣旨の文章を複数みかけた。

 要旨は、「アニメ産業の中心となっているアニメーターのうち、新人の待遇が悪く、日本人の新人アニメーターがどんどん辞めている。アニメ会社では、人件費の安い海外(韓国など)に動画(中割り)作業を外注しており、この動画(中割り)作業は、アニメーターの新人育成のプロセスであって、これを海外への外注に頼るようになっては、次世代を支える若いクリエーターが育たなくなる。」という事のようである。

 この、「海外への動画・仕上げ作業の外注」については、70年代、下請けプロへの仕事の分割発注が定着した頃には、国内での人手不足を補うためと、海外の安い人件費に目をつけた大手制作会社により、始められていた。

 東映動画は、「マジンガーZ」などの動画を韓国に発注したが、当時の韓国のアニメーターは日本のアニメのような「劇画調」の動画を描いた経験がなく、日本のスタッフを韓国に派遣して「こういう風に描いて下さい」と指導させた。
 こうやって、日本風のアニメの作画技術を獲得した韓国のアニメーター達は、「こういうアニメの作り方もあるのか、よし我々も我々のをやろう」と作ったのが、どうも有名な「テコンV」らしい。
 とすると、「テコンV」は、ネット上で言われているような「マジンガーZ」のパクリ作品ではなく、日本的アニメ制作技術の移転の結果、韓国で独自に生み出された作品、という事になる。
 ネット上で「韓国のパクリ作品」として紹介されている作品に、日本風の劇画調のキャラクターと、童話アニメ風のキャラクターが奇妙に混在している事があるが、これはこの時期の産物なのかもしれない。

 その後も、韓国等への動画発注は各社で定着し、番組のエンドロールに「漢字三文字」のスタッフの名前や、韓国・中国のアニメ会社の名前を日常的に見るようになった。「あの、「金大中」というのは、本名やろか?」という会話がファンの間でかわされていたのを覚えている。
 これが、70年代終わりから、80年代初め頃の話である。
 この、当時の韓国産の動画の品質については、当時の日本のスタッフの「あの人たち(韓国のアニメータ達の事)は、韓国で別の仕事をするより、ずっと給料がいいからやっているだけです。作品への愛情なんかないんです」という厳しい声もあったり、ある作画監督の「韓国から戻って来た動画のキャラクターの「顔」を、一本分全部描き直した」という話もあり、一部に低い品質のものがあった事は確かなようだが、全体のレベルについては、その後も発注が続いている事から見ると、ある程度のものを保ってはいるようだ。
 ただし、日本の動画技術がどんどん流出し、韓国製の安いアニメーションが日本の市場を席巻する、という現象はまったく起こっていない。

 90年代以降、韓国では、国策として、若いアニメーション作家の育成を積極的に始め、国が制作費と生活費の一部を出して、若い作家の卵達に短編作品を作らせる、という事業を行った。この施策は成功をおさめたようで、近年各地の国際アニメーションフェスティバルでの入選が相次ぎ、また若手監督による長編アニメの制作も盛んになって来ている。
 先年の広島フェスでのプレゼンテーションによると、「韓国では物価・人件費が安く、数千万円くらいからで長編アニメが作れる。」そうで、かつ、「将来有望な若手作家がたくさんいる。」状態である。
 おそまきながら、わが文化庁でも、若手作家への支援と育成を初めてはいるが、どうも規模(対象になる人数)が小さすぎる様だ。

 この韓国アニメの最近の興隆と、昔からあるアニメ動画の下請けはまったく関係ない、という事はないと思うが、「動画を海外に下請けに出したら、技術を盗まれて、日本のアニメは衰退する。」と言うのは、ネットのコラムを書かれた方の空想の産物に過ぎないように思える。

 2009年の日本アニメーター・演出協会(JAniCA)のシンポジウムの中で、「日本のアニメーターは推定4000名、海外の外注先のアニメーターは推定10000人くらい。日本のアニメーターは原画が非常に多く、本来原画の倍くらいいるべき動画が原画の半分くらいしかおらず、(つまり通常必要数の1/4位しかいない)、不足分を海外の発注で補っているという事だそうだ。
 演出や作画監督、動画チェックなどの基幹スタッフも基本的にすべて日本のようなので、原画以上のスタッフはすべて日本、日本のアニメプロの組織構成は、まるで将校・下士官に比べて兵の割合が非常に低い「自衛隊」のようだ。

 別の参加者の話では、海外発注は単価そのものは安いが、中間業者への手数料、動画のやりとりの費用等を考えると、トータルの経費では結局国内作画と大差なく、「間に合わないのでやむなく発注している」というのが実情らしい。

 将来のクリエイターの訓練の場所である「動画」に、必要数の1/4しか人がいないのだから、それは「空洞化」は心配になるだろう。しかし、アニメーターの個人事業主化・新人アニメーターの低収入・動画作業の海外発注は、すでに始まって40年近くが経過しており、昨日今日始まったみのではない。「空洞化」「自壊」が起こるなら、とっくの昔に起こっていても仕方が無いはずだ。
 この、「動画職アニメーターの数の絶対的不足」を補っている何かか、あるのではないか。

「正社員化」は問題を解決しない

 「アニメーター低賃金問題」を「憂う」コラムの中で、「アニメーターの大半が独立小事業主で、下請けである事が問題。固定給の正社員化して、待遇を改善すべきだ」という風にとれる論調がある。

 現在、アニメーターを「固定給の正社員」として雇っているアニメプロはない事はない。しかしながら、非常に少数である。というのは、この業界の状況が、「作品毎にスタッフを集め、終わったら解散して、スタッフは別の作品に参加する」という形態を要求しているからだ。
 先に述べたように、アニメーターは元々全員正社員だったが、アニメ黎明期が終わって、産業として成熟期に入ると、現在の形態に移行した。
 一部の会社では、スタッフを正社員化して固定給で雇用しているが、元々のスタッフの能力の高さ、仕事の安定的確保と、スタッフへの適正な仕事配分と管理が必要となるはずで、相当な管理能力がないと運営できないはずだ。
 また、採用に関しては、かなり高いレベルの潜在能力を期待しているはずなので、普通レベルの新人アニメーターでは、そもそも最初に入社するのが非常に困難なのではないか。

 また、「手塚がぐちゃぐちゃにしたアニメーターへの待遇を改善するために、宮崎駿は、スタジオジブリを固定給の正社員にした。」という「神話」もあるが、そのジブリ自体も最近、長編の制作部門を解体し、正社員アニメーター達は普通の小事業主アニメーターになっている。
 元々、ジブリ自体、「宮崎駿のアニメをちゃんと作るスタジオ」として作られたものなのである。
 宮崎駿も「アニメ業界全体の状況を改善するため」に自社のアニメーターを正社員化したわけでもなく、宮崎駿の要求するレベルの高い手間のかかる動画を各アニメーターに割り振ると、どうしても難しい動画はレベルの高いアニメーターに集中し、そのアニメーターは枚数が上がらなくなって収入が減り、「優秀なアニメーターほど貧乏する」という状況になったため、「優秀なアニメーターを確保するため、やむを得ず」正社員化した、というのが実態のようだ。

 よって、すべてのアニメーターを正社員化するためには、すべてのアニメーターを、「正社員化しても元のとれる優秀なアニメーター」として育成しなければ会社は採算がとれない。

 が、元々「10人のうち、原画に上がれるのは2-3人」なのだから、育成してもそのレベルに全員が達するのは困難であると思われる。

 また、もし全員がそのレベルに達するのであれば、そのまま全員小事業主で十分食べて行けるのだから、わざわざ正社員化する意味は無いのではないか。

「教育の充実」は問題を解決するのか

 アニメーターに対するアンケート結果の中で、「きちんとした教育が受けられない」という類いの回答が多い事をふまえて、「新人アニメーターに対する教育システムをきちんとすべきだ」という見解も多い。これは新人の側からのみならず、新人を採用・雇用する側の方にも、支持する人が多いようだ。

 アニメ以外の一般の企業では、「仕事をまったく知らない」という事を前提にした教育システムが作られていて、「名刺の出し方」「挨拶の仕方」「電話の取り方」から始まって、全部教える仕組みになっている。新卒の人間は、何にも知らないのだから、仕方が無い。

 一方、現在のアニメの会社では、基本的に「アニメに関する基礎知識があって、一応動画を描いた経験があり、ある程度の画力がある。」人間を新人として採用している。アニメ専門学校卒でない、芸大卒の方などは、潜在能力を見込んで採用しているようだ。
 アニメ教育を受けていない方への、「これがタップ、これが動画用紙、線の引き方はこう」というような「基礎教育」は二週間程度で終わるようで、では「アニメ専門学校では二週間で終わる内容を二年間かけて教えているのか」と言われそうだ。

 さて、新人にたいする「教育」というと、今は、というか昔から、どうもすべて「OJT」になっているようである。
 実際に制作している作品の原画を渡し、作画させ、「ここはダメ」「ここはこう描く」というふうに直させて、実践の中で鍛えて行く形である。
 これを「教える」側の人間も、数年前まで「新人」で、同じやり方で教わって来て覚えている。
 こうやってドンドン描いているうちに、絵がうまくなると同時に絵を描くスピードが早くなり、たくさんの枚数を上げられるようになって収入が増え、「一人前」のアニメーターになる、という仕組みだ。
 かの、石ノ森章太郎先生も、「絵なんて、描いているうちにうまくなります。」と言っている。確かに、ある程度までは描けば描くほどうまくなる、というのは本当だ。

 では、描いても描いても一定レベル以上にうまくならず、絵を描くスピードもあまり速くならない人は、どうすればよいのだろう。
 この人たちは、「原画に上がれる10人のうちの2-3人」以外の人たち、なのではないか。
 この人たちに、きちんとした「教育」をほどこせば、一人前のアニメーターとして原画が描けるようになり、ゆくゆくは作画監督が務まるようになるのだろうか?

憧れの職業、楽しい仕事、だが

 アニメーターというのは、アニメ好きの少年・青年にとって憧れの職業である。

 昔のプロのアニメーターの方の話によると、「アニメーターになりたい」と家出した地方の中学生の女の子の尋ね人のチラシがスタジオに張ってあったそうである。

 TVで放送されているカッコいいアニメーションの絵を描く。名前がテレビで放送される。スゴい。毎日好きなアニメの絵を描いて、お金がもらえる。自分のすぐ周りにいる「普通」の仕事をしている人に比べると、刺激的で、クリエイティブな毎日をすごせそうな気がする。

 実際、業界に入った後でも、先のアンケートの結果では、収入の低さ・仕事のきつさを訴える内容も多いが、「仕事にやりがいを感じている」という人の多さは、他の職種にあまり見られないもので、「充実感のある、楽しい仕事」であるのは間違いないようだ。

 90年代のAERAの記事でも、低収入アニメーターの言葉として、「この仕事は他の仕事に比べてストレスを感じない。お金の問題がなければ、いつまでもやっていたい。」というものもあった。

 当時の別の記事では、低収入に文句をいう若手に対する業界の先輩の言葉として、「朝から晩まで、ウォークマンを聞きながら、上司に気を使う事もなく、お茶を入れる事も無く、ただ絵を描いていていればいい、こんな仕事が他にあるか」というのがあった。

 また、70年代当時の冗談として、「アニメーターと乞食は三日やったらやめられない」という言葉もあった。

 アニメーターに良く似たクリエイティブな仕事として、TV番組の制作会社のスタッフがある。時間は不規則、仕事はきつく、給料は安い。給料の安い結果として、結婚や子供の誕生などをきっかけとして、より収入の多い仕事への転職を余儀なくされ、離職率は高い。
 この「辞めた後のTV番組の制作会社のスタッフ」について、昔読んだ新聞の記事によると、「普通、会社を辞めた人間はその会社に怨念をいだいている事が多いのだが、皆さん、明るい表情で昔の仕事を楽しげに思い出していた。」そうである。
 大分前に、そういうテレビの制作系の会社に出入りしていた事があるが、そこにいる若い方も、「安いですねぇ」と言いながら、楽しげに仕事をしていたのを思い出す。
 アニメーターの皆さんも、そうではないのだろうか。

 そういえば、「月収1万5000円」の昔の知り合いの元アニメーターの方も、「あの会社はヒドかった」というような話は一切なく、「元プロのアニメーター」である事を楽しんでいるような口ぶりだった。

 こんな仕事に、「なりたい人は全員なれる」としたら、どうなるのか。

 みんな、中学の頃は、漠然と「なりたい」と思っているだけだが、高校で「進路」を真剣に考える時期になると、アニメ専門学校や、芸大のバンフを取り寄せたり、ネットで情報を集めたりする。「一流・現役のアニメーターが指導します」「就職率100%! 徹底的に進路指導、サポートします」などと載っていて、TVやアニメ雑誌でよく見るアニメーターの名前や写真が載っている。
 さらにいろいろと調べて、「どうもアニメーターになるだけなら、なれそうだ。」となった瞬間に、目が眩む。「給料が安い」「仕事はきつい」などという情報は、どこかに飛んでしまう。「専門学校で頑張って勉強して、入ってから頑張ればなんとかなる。」と、アニメ一直線で突撃する。
 親の方も、「うちの子は勉強はもうひとつだが、マンガは他の子よりも上手い様だ。」と思っていたりすると、もうダメである。
 そして、専門学校に入ると、自分と同じようなレベルの人間が一杯いる。先生も、「現場は厳しいぞ。今のうちにしっかり絵を勉強しておけ。」とちゃんと指導するが、正直どこまでやったらいのか分からない。
 パンフにのっている有名なアニメーターの先生もちゃんと来て絵をみてくれる。「何々君は、ここを頑張らないといけないね。何々君は、何々は上手いね。」と言われると、舞い上がってしまい、「上手いね」と言われた事しか頭に残らない。
 かくて、専門学校の二年間はあっという間に終わり、就職活動。条件のいい、有名な会社から順に「上手い新人」を採っていくが、慢性的な人手不足もあり、結局は卒業生全員が「どこか」に収まる。

 この後は、上記「貧乏な新人アニメーターの出現」に続くのだが、これからやる仕事は、現在TVで放送中のアニメか、これから放送予定のアニメで、職場の先輩・上司は、テレビやアニメ雑誌で名前と絵を見た事のある「本物」のアニメーターである。

 眩んだ目が見えるようになるまで、まだしばらくかかるようだ。

 

「新人の低賃金」が業界を支えているのか

 ネット上の論議では、「アニメ業界は、「低賃金の新人」を使い捨てる事によって保っている」という主張もある。そうだろうか。

 確かに、「年収110万」で「月25日勤務・10時間労働」とすると、時給は400円弱となり、「最低賃金の半分で人間を使い捨てているヒドい業界」となる。
 昔の知り合いの方は「月収1万5000円」だから、時給は、「60円」!?である。

 2009年の日本アニメーター・演出協会(JAniCA)のシンポジウムの中では、「月収20万稼ぐ動画職アニメーターもいる。」という発言もあり、この人は時給800円になり、かろうじて最低賃金レベルを稼げている。

   一方、会社から見た人件費の状況はどうか。
 人件費には、社員に払う給料などの直接コストと、社会保険の負担、福利厚生費、 社内に机を置くための事務所の家賃、光熱費の等の間接コストがあり、間接コストは直接コストの二倍くらいと言われている。
 月給20万の人をひとり雇うと、月60万かかるという事である。
 よって、月給20万円の社員は、一ヶ月に60万円の利益を会社にもたらさなければ、会社はペイしない。

 ここに、年間170万稼ぐアニメーターA君と、年収80万のB君、C君がいる。三人の平均は、年収110万円である。

 年収80万円のB君、C君は、時給換算260円。(月25日勤務、10時間労働として)
 超低賃金の長時間労働だが、B君、C君は、この低賃金労働で会社を支えているのだろうか。

 アニメーターの「賃金」は、仕事の「結果」の量に正比例するから、B君とC君は、二人ががりで、A君より少ない利益しかあげていない。
 一方、家賃や光熱費などの間接コストは、B君もC君もひとりぶんかかる。
 つまり、長時間・低賃金アニメーターは、低賃金であればあるほど、会社の利益に貢献せず、経費ばかりかかっている、という事になる。

 会社とすれば、B君・C君より、A君のようなアニメーターを雇いたい、という事である。

 しかし、「低賃金の新人アニメーターが業界を支えている」という部分は、確かにあると思える。その理由は後述する。

 

なぜ上がらない、動画の単価

 現在、動画一枚あたりの単価は約200円。1977年の「マスコミひょうろん」の記事によると、一枚100円程度とあるので、約40年かけて「倍」に上がったという事だ。ただし、「マスコミひょうろん」によると、当時のアニメーターの月産700枚〜1000枚とあるから、現在の500枚と比較すると、沢山の枚数が描けている、という事になる。先に上げた「白黒のオバQ」ほどではないにしても、当時の絵は、現在よりは単純な絵柄であったようだ。
 月収の金額としては、単価が多少上がったとしても、枚数が減っているのでほとんど変わっていない。
 この間、大卒の初任給は8万円から20万円、約2.5倍に上がっている。物価も上がっているので、アニメーターの年収は実質的に下がり続けている、というのが実情だ。
 2009年の日本アニメーター・演出協会(JAniCA)のシンポジウムの中で「せめて一枚300円に上げてくれれば、アニメーターの生活がなんとか成り立つ」という発言があった。
 さて、動画の単価を300円に上げるのには、いくらかかるのだろう。TVアニメ一本の動画枚数は、約3000枚。元の「原画」の枚数もあるから、3000枚全部「動画」ではないだろうが、仮に全部「動画」として、単価を一枚100円上げると、TVアニメ一本分で30万円となる。TVアニメ一本の制作費は1000万円くらいと言われているので、約3%のアップとなる。
 できない数字ではない。では、なぜ上げないのか。いや、上がらないのか。

 低賃金の企業の給料が上がった実例が別業界である。牛丼の「すきや」。新メニューの投入をきっかけに、過重労働に反発したアルバイト達が一斉に退職、店舗の一部閉鎖や営業時間の短縮に追い込まれた。慌ててアルバイトの時給を上げたが、休みのとれない一人勤務制、強盗に遭いやすい店舗形態などがマスコミを通じて大々的に報道され、アルバイトは集まらず、さらに時給を上げるはめになり、それでも人手不足で、一部の店舗は閉まったまま、深夜営業を再開できない店舗もある。結果として、会社自体が赤字になってしまった。「最初から、上げておけばいいのに」というお話である。

 アニメーターでも、昔から「全員でストライキをすれば給料が上がる。」という話があるが、なにしろ「小事業主」の集まりなので、東映動画で一部ストがあった他、現在まで実現には至っていない。

 とにかく、アニメーターは「憧れの職業・楽しい仕事」であるから、なり手は毎年毎年殺到してくる。人手不足とはいえ、単価を上げなくても、最低限の人は集まり、足りない分は海外に発注すれば、仕事は回せる。
 「新人の9割は辞める」という状況ではあるが、辞める人数と入ってくる人数のパランスはとれている。「ざる」に大量の水を入れ続けると、常時「ざる」の中に多少の水が残るのと同じ原理だ。

 経営側としても上げれるのであれば上げたい所だろう。しかし、ただ上げると会社が赤字になって、潰れてしまう。かと言ってあまり低いと人が来なくなって仕事が回らなくなるので、受注単価と、周りの同業他社の状況を見ながら、ぎりぎりの所でじわっと上げて来た結果、現在の単価に収まっている、という状況下と思う。

 

アニメーター全員が低賃金なのではない

 このように、この問題は、アニメーター全員が低賃金、という事ではないようだ。原画職に上がると年収は200万以上になるし、作画監督になると400万程度になる。(アンケートによると、低収入の原画職もいる。あくまで、「平均」としての話である。)もっと低収入の「売れない若手芸能人」との比較に対して、シンポジウム等で、「しかし、アニメーターには、芸能人みたいに何億も稼ぐ人はいないではないか」という反論もあったが、アニメーターは基本的に「芸術的技術者」である事を考えると、何億ももらえるような事は考えづらい。「下は売れない芸能人より高いが、普通のサラリーマンより安い。上は売れる芸能人より安いが、普通のサラリーマンより高い」というのが、適正なレベルではないか。

 問題は若手の多い動画職、さらにその一部に非常に低い収入の人がいる事であって、ここへの対策が打てれば、問題の大半は解決するのではないか。

 では、なぜ、このようになっているのか。

 新人の方は、「とにかくアニメーターになりたい」と就職活動をおこない、どこかに採用された事で、「長年アニメをやっている会社が判断して入れたんだから、俺はやったらやれるんだろう。」と、しばらくは頑張る。
 そして、何年かやって、「どうも、才能がないようなので、辞めた方がよさそうだ。」と悟りを開いた頃に、次の新人が目を輝かせて入ってくる。
 こうやって、9割の人間が辞め、生き残った1割の人間が、原画職に上がって行く。

 日本のアニメーターは約4000人、動画は原画の半分程度という事は、1400人位か。ただし、数年で新人の約9割がやめるのだから、この他に毎年数百人の辞めた新人がかなりいるはずで、これは統計には出て来ない。
 正確な数字は分からないが、ざっと、毎年500人程度の新人が入り、過去に入った人含め450人が辞め、50人が動画職から原画職に上がる位ではないか。これだけ新人が入れば、「空洞化」などは起こらなくて別に不思議ではない。

 経営側は、慢性的人手不足のため、多少能力に問題があっても多めに新人を採用せざるを得ず、その新人はどんどんやって来るので、採用にあまり不自由はない。
 また、「出来高払い」なので、新人があまり仕事ができなくても、表面上は、人件費上は問題がない。

 新人側は、「入って、やってみないと自分の能力が分からない」、採用側は「採って、使ってみないと、使えるかどうか分からない」という状態のようだ。

 

「アニメーター低賃金」問題の再分析

 ここで、問題をもう一度まとめてみる。

 「アニメーター」全員が低賃金なのではない。しかし、若手のアニメーターには、新人の時期に、極端な低収入の期間がある。また、入ってからしばらく経っても、収入の上がらないアニメーターもいるようで、離職率の高さにつながっているようだ。

 アニメ業界の基本構造は、この40年間、あまり変わっていない。新人の低収入、海外への外注、社員ではなく、小事業主としての契約等。
 動画の単価は上がってはいるものの、要求される絵の密度・質も大幅に上がっており、手間がかかるために枚数が上がらず、結果として、収入は増えるどころか減っているようだ。
 業界を下から支えているのが、アニメーターという業種の「人気」で、新しい人材が絶えず流入する事により、「空洞化」「自壊」の心配は現在はないようだが、将来の事は分からない。なにかのはずみで若い人が「アニメーターなんてダサイ」と思い始め、志望者が激減したら、あわてて待遇をやや改善する位では元に戻るまい。

 アニメ業界の、9割もの離職者が出続ける、という事を前提にした採用・組織作りは普通ではない。芸能人や純粋な芸術家ならともかく、アニメーターは基本的に「技術者」である。どんな職種でも離職者はあるものなのだが(私の最初に就職した会社の場合、同期は最初の1年で半分になった)、この離職率は大きすぎる。結果として、未熟練者への教育不足や、先輩・上司社員の教育負荷も大きく、業務全体の効率の改善の妨げになっている。

 アニメーターは、新人も業界に入ってすぐ「出来高払い」になっている結果、技量が上がってある程度の収入が確保できるまでの間は、極端に収入の低い時期が続く。専門学校・芸大に通っている間は、学費を払っているわけで、それに比べると多少なりとも収入があるだけ経済的にはましではあるが、世間一般で言う「就職した」状態にはほど遠く、ほとんど「無給の見習い」に近い状態が続く。
 「新人の間、一定期間は固定給にする」という案もあるようだが、ほとんどが中小零細企業であるアニメ会社にその余裕があるとも思えない。また、折角育てたアニメーターも、「独立小事業主」である以上、ふらりと条件のいい他社に移ってしまう事もあるわけで、お金を出して教育できる会社は限られてくるだろう。

 そして、私の見る所、入ってくる新人アニメーターの側にも問題はある。

 これらの問題に対して、今すぐ打てる適切な対策はあるだろうか。

 

対策 その1「新人」は来るのをやめよう

 では、業界頼みの「殺到してくる新人」が来なくなったらどうなるか。

 まず、ただでさえ少ない「動画職」の人数が、どんどん減って行く。海外への発注で一時はまかなえるにしても、「全部」外注するわけにもいかない。
 さらに、「動画職」の中から昇格して来た「原画職」のなり手がいなくなる。「動画」と違って、原画は簡単に海外発注するわけにもいかない。作品の制作が、行き詰まってくる。
 こうなると、さすがに、待遇を改善して人を集めるしか仕方がなくなる。おそらく、新人が来なくなって数年後には待遇は改善されるだろう。

 TVアニメの黎明期、一気に作品量が増えた時期に、数少ないアニメーターの経験者が「取り合い」になり、厚遇されたという歴史がある。大丈夫だ。

 だから、これからアニメ業界をめざそう、という若い皆さんは、これから数年間、全員、アニメーターになるのを止めましょう。

 と言っても、そんな事は今までは起こらなかったし、これからも多分起こらない。もし、誰かが業界に入るのを止めても、別の誰かが入るのを止める事はできない。

   

対策 その2 アニメ会社は採用人数を半分にしよう

 「アニメーターになりたい人は全員がなれる」システムが、結果として、現状の新人超低賃金状況を生んでいる。とすれば、アニメ会社は10人中2-3人の「将来原画になれる見込みのある」人だけを採用する事にして、この人たちに一定期間固定給を保証し、仕事ができるようになったら小事業主として自立していただく。一気に減らすと人手不足になるし、業界に入ってから伸びる人もいるので、とりあえず、今の半分程度にして、上から50%のみを採用する。

 新人用の机も半分ですむし、新人教育も今より丁重に手がかけられる。素質のある人に丁寧に教えるのであるから、早期戦力化が可能となり、一人で従来よりも多くの枚数がこなせるようになり、人数の少なさを「質」で補える。定着率が上がるので、その人数もそれほど減らないかもしれない。さらに経費の浮いた分を動画単価に回す事ができるので、動画職アニメーターの収入を上げる事ができる。

 アイデアは良いが、実施する方法が無い。採用は、条件のいい会社から素質のある人間を取って行く形であれば、「条件の悪い方から半分の会社は、採る人がいない」事になってしまう。プロ野球のドラフト会議みたいに、業界全体の新人の採用枠を業界で決めて、くじか何かで新人を各社に割り振る形にしないと成り立たない。そんな事は、ありえない。

 

「アニメーター能力検定試験」の提案

 ここで、唐突のようだが、「アニメーター能力検定試験」というものを提案する。
 この試験は、現役のアニメーターの能力を試験するものではなく、画力、絵を描く速度など、アニメーターとして要求される基本的資質を試験するもので、問題はアニメーターを採用する側の制作会社が共同で作成し、この試験で高得点を取れるような人を採用したい、という趣旨の極めて実践的な内容にする。

 立体的なものを二方向から描いた絵を見せて、「この中間の形を描け」とか、右向きのキャラクターを見せて、「左を向いた所を描け。」とか、時間内で描ききれないような課題を並べて、どのくらいの早さで描けるとか、いろいろあるだろうが、それはプロの方にいろいろと考えていただこう。

 対象は、これからアニメーターを目指したい、という中高生、専門学校生が主だが、別に小学生が受験しても構わないし、昔アニメーターになりたかったお父さんが受験してもかまわない。
 会場は、全国各地のアニメーション専門学校で、休みの土日に年四回位実施し、何回受けても構わない。この試験を受けにくるような中高生は、将来アニメ専門学校に進学する可能性の高い人なので、アニメ専門学校としても、学校の見学をかねたPRの良い機会になる。

 採点結果は、検定試験であるから、一級から四級くらいに分けられ、

 一級・・・即戦力、明日から来てほしい。
 二級・・・将来、原画職になれる見込みのある人
 三級・・・二級の下で、動画職くらいはこなせるようになれる見込みのある人
 四級・・・三級の下。

 位をめどにすればよいのではないか。採点は、デッサン力何点、立体的把握力何点、絵コンテ・原画理解力何点、とかいうふうに細かく採点されていて、採点結果には、採点した専門家のコメントもついている。生々しいようだが、「現在の貴殿の実力で、アニメーターに就職された場合の月収見込み何万円」という事まで書いてある。ついでに、運転免許講習の時にもらえるようなていの「アニメ作画基本読本」という小冊子ももらえる。

 これを実施するとどうなるか。まず、受ける側のアニメーター志望者だが、「業界に実際に入ってみないと自分の実力が分からない」という状態から、「俺はこの程度だ」という事がわかる状態になる。たとえばデッサン力が不足なら、時間のある学生の内にせいぜい勉強すれば良い。また、高校生で「二級」がとれたのなら、わざわざ何百万円もかけて専門学校に通う必要はなく、高校を出てそのまま就職すればいいわけだ。親で、子供が「アニメーターになりたい」と言い出した場合は、「アニメーター検定受けてこい。二級取ったら認めてやる。」と言えば、子供もゴネたり、家出したりはすまい。アニメ専門学校在籍中で、卒業間近なのに「四級」の人は、卒業後の進路を考える直すいい機会になるだろう。

 「アニメ業界統一採用試験」のようなものだが、何回も受けられる、というのがミソで、入試の模擬試験のようなもの。自分の弱点をチェックして、弱い部分を強化して本番に望めば、アニメ業界に就職して数年後に「悟り」を開いて、「こんなはずではなかった」という人はずいぶん減るだろう。

 採用する側では、採用判定時に、検定試験の結果を持って来てもらう事で、ずいぶん採否の判定が楽になる。と、同時に、新人全体のレベルが上がる事により、より少ない人数の採用で、同じ量の仕事がこなせる様になる。(新人が試験に対応した勉強をしてくると同時に、低いレベルの方が始めから応募をあきらめる。)また、同時に現場の新人教育の負担の軽減ともなる。

 検定試験が定着してくると、アニメ専門学校や芸大のアニメ関連学科では「検定試験合格率◯◯パーセント」を宣伝する、という事になるだろうから、「アニメ専門学校が受験テクの強化に走る」「アニメにも受験地獄」という声も上がってくるかも知れないが、落とす為の難問対策ではなく、実力を測る為の実践的試験なのだから、試験対策イコール実力向上となってかえって良いのではないか。

 さて、アニメーターに良く似た雇用形態の職種として、「プロ野球の選手」がある。プロ野球の選手は、各球団の「社員」ではなく、一年毎に「契約」して、報酬をもらう。ある球団が、ある選手を戦力として不要と判断すれば、契約を更改せず、「自由契約」にする。その選手は他の球団を探してもいいが、契約してくれる球団がなければ、「失業」となる。
 最近は、「独立リーグ」というものがあって、プロ野球に入れなかった若者、自由契約になった元選手がチームを作って野球をしている。一応、プロの選手だが、セリーグ・パリーグの選手に比べると大幅に収入は低く、「副業」をしながら生活を維持している方もいるようだ。

 このプロ野球の選手の皆さんは、ほとんど全員「高校野球」を通過している。この高校野球、甲子園大会の予選参加校がほぼ4000校位あり、ベンチ入りのメンバーだけでも、毎年6万人くらいの参加者がいる。この6万人の中で、「プロ野球の選手」になれるのは、100人以下だ。
 高校野球の選手は、かなりの人数が「中学野球」も経験しているので、最低3年以上は「野球漬け」の生活をしている事になる。朝練習、授業時間中は体を休めて、午後練習、日曜祝日も練習、合宿、遠征試合、と休む間もない。以前、高校球児の保護者の方に聞いた事があるが、「息子とチームメイトの送り迎えと、道具の運搬の為に、車を大型のボックスカーに買い替えた」そうである。その野球漬けの数年間の結果、結局「甲子園大会地方予選初戦敗退のA校のベンチ入り15人にも入れなかったB君」は、「自分はプロ野球の選手になれる。」とは、夢にも思うまい。

 最初の頃に書いたが、「2-3年間、目一杯やれば、自分の実力は大体わかる。」ものである。

 この「2-3年間、目一杯やる」時期が、どうも、アニメーター志望者の皆さんの場合、どうも「業界に入って後」に傾いているように思える。一般的に、社会人になる前の、大学や専門学校に在籍する数年間は、「モラトリアム」として、のんびり学園生活をエンジョイする時期なのだが、アニメーターの場合、どうもこの前後の落差が大きすぎるようである。
 高校野球のように、学生の内に、「自分に目一杯チャレンジする」機会があれば、この落差も少しは埋まるのではないか。
 アニメーター志望者の方への、「高校野球・甲子園大会」のようなものとして、たとえばこの「検定試験」のようなものがあれば、「業界に入る前」に、「2-3年間、目一杯やる」事が出来るのではないだろうか、と思って「検定試験」を提案してみました。いかがでしょうか。

  「続「アニメーター低賃金問題」を考える」2016.8.12 に続く

「まだ・アニメーター低賃金問題を考える」2018.3.24 に続く

「また・アニメーター低賃金問題を考える・完結編」2019.1.14 に続く

参考記事「NEW BOOKS 「アニメビジネス完全ガイド」増田弘道著」2018.9.4



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