<2016.8.12 K.Kotani>続・アニメーター低賃金問題を考える


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2016年08月12日

続・アニメーター低賃金問題を考える



前回の記事「「アニメーター低賃金問題」を考える」2015.8.27

 前回、「アニメーター低賃金問題を考える」を掲載してから一年。JAniCAの現場アンケートに端を発して、一時はネット上をおおいににぎわしたこの問題だが、その後何事も解決に向かう事なく、状況は沈静化してしまったようだ。

 「沈静化」した理由は、ひとつにはネット上で大騒ぎした連中の多くが、その場限りで目立つ事だけが目的の「ネット野次馬」で、JANICAの調査結果発表に便乗して「この低賃金はひどい」と義憤を上げているフリをして、実際はアファリエイト広告へのアクセス数を稼いでいるだけの面々だったためだ。もう一つの原因は、今「アニメーター・低賃金」でネット検索すると出でくる「アニメーター低賃金はウソ? 実際は平均300万」という記事で、「超低賃金は一部だけ、平均はそこまで低くない」という「実情」が明らかになったためである。 アニメーター「年収110万円」報道はウソ?あるいは、雇用の非正規化がどんどん進んで、現在では年収100万円台の低賃金労働者がそれほど珍しくなくなった事もあろう。

 さて、前回「アニメーター低賃金問題を考える」を掲載したきっかけは、JANICAのアンケートで、「動画職アニメーターの平均賃金年収110万」という記事を見て、「意外に「高い」」と思ったからである。「高い」と言うと怒られるかもしれないが、以前(90年代)の「AERA」の記事の年収30-50万という超低賃金層の存在が頭にあり、この層を含んで平均110万なら、一般的な動画職アニメーターの年収は200万近いはず、と思ったのである。
 それならば、この「超低賃金層」に対策を打てば良いのではないか、と文章を書き始めてみた。

 ところが記事の文章を書き進めながら、JANICAの元のアンケートの集計結果を見てみたり、関連する他の記事を当たってみたりすると、「現在の動画職アニメーターの年収はほぼ120万が上限」という事実が判明した。200万程度稼ぐアニメーターもいない事はないが、あくまで能力と環境に恵まれた例外のようである。
 前回は、この点を踏まえ、かつ元アニメーター志望者としての経験と、いろいろ聞きかじった情報から、「そもそもプロアニメーターに向いていなかったり、プロ業界に入る前に基礎的トレーニングを積んでいない人が大量に業界に入ってくるのが低賃金の原因の一つではないか。」という仮説をたて、その対策として「「アニメーター検定試験」というものの実施により、業界に入ってくる人のレベルを予め上げておく事」を解決策の一つとして提案して文章の締めくくりとした。

 それから1年、前回記事掲載時に調べた情報を再度検証し、その後に入ってきた情報なども合わせて改めてこの問題を考え直してみた。

貧乏人はアニメーターになれない


 90年代の「AERA」の記事の中で、現役アニメーターの話として、「貯金をどんどん取り崩して生活している。」という話が載っている。最近のネット上の記事でも、「アニメ業界に入るなら、生活費を貯めてからでないとダメ。」「親元から通えて親の援助をもらえる人間でないとなれない。」などという話が載っている。最近は、絵がうまいけどビンボーな人はアニメーターにはなれないようだ。

安くなったアニメーターの給料


 現在の動画職アニメーターの年収の「上限」は120万。1977年の「マスコミ評論」に紹介された、ある経験3年の平均的アニメーターの年収が140万円とあるので、40年近く経過して、年収はかえって低下している事になる。
 この間、動画の単価は約100円から200円に上がってはいる。しかし、以前に較べて1枚の作画にかかる手間が倍以上になっており、昔月間千数百枚程度上がっていた枚数が、現在は一人前のアニメーターでも500枚程度しか描く事が出来ない。
 この間、大卒初任給は8万から20万まで2.5倍に上がっているから、正しく比例させるとすると、2.5倍掛ける手間の2倍で5倍、1枚500円の単価にしないと昔並みにならない。1枚500円、月産500枚で月収25万というとずいぶん高いようだが、昔のアニメーター悲惨貧乏物語の頃でも、ベテラン動画職アニメーターの月収は大卒初任給よりは高かったのである。

 月収25万は年収300万。現在の大卒初任給は約20万だが、一年目の冬にはボーナスが出るとして、年収は300万弱、この他サラリーマンは社会保険の会社負担分も出る。実質的には大卒1年目の社会人より、単価一枚500円でも動画職アニメーターの年収は低くなる。
 実態は、その半分以下の年収しかない。

 いったい、いつこんな事になってしまったのか。



 動画の仕事単価が物価に比例して上がらない、という事も原因のひとつである。大分前の話だが、「昔は動画1枚描くと一杯ラーメンが食えたが、今は3枚描かないとだめだ」というアニメーターの話をどこかで読んだ事がある。しかし、1枚200円でも1300枚描けば月収26万円だから、そんなひどい話ではない。昔は、ちゃんとした技術を持った動画職アニメーターであれば、動画職であっても、ぜいたくは出来ないが食べていく事は出来る状況だったのだ。

変化したアニメーターの業務内容


 最大の原因は、作画にかかる手間が、従来の倍以上になっているのに、単価がまったくそれに比例して上がっていない、という事だろう。アニメーターの神村幸子氏はブログの中で、「昔のアニメーターの方は、自分は月間千数百枚描いていた、と言っています。でも、今はそういう事の出来る状況じゃないんです。」と述べている。前回の記事で「オバQ」と今のTVアニメの絵を比較していながら、私の当時の考えはそこまで及ばなかった。



 では、「いつ」そんなに手間のかかる作画になったのか。1977年の「マスコミ評論」によると、当時のある動画職の月産1300枚。1990年の「AERA」では、すでにベテランで700枚が限界、とされている。(当時の単価120円から190円とある。)そして現在、500枚。

 この間、何があったのか。アニメーションのビジネスモデルがスポンサー料収入から、DVD販売収入にも依存するスタイルに移行した。また、アニメーション制作がデジタル化された。

 ソフトとして商品化するために、従来、各話毎にけっこうばらばらだったキャラクターはきちんと統一しなければならず、観客の視聴の仕方も、放送された動画を肉眼で観る形から、DVDで繰り返し鑑賞し、気に入った絵を「止め」で観たり、パソコンに取り込んだりして楽しむ、という風になってきた。だから、一枚ずつの絵を、きちんと鑑賞できる形に仕上げなければならない。従来の「TV用は小さくて荒い、劇場用は大きくて細かい」という作画の質が縮まって、TVなのに劇場並みの作画クォリティを要求される、という話も聞く。
 さらに、アニメーションでは、動きを滑らかに見せるために、早い動きでは動作方向にキャラクターを崩して描く、という手法が用いられるが、コマ送りで観る消費者からは、「作画崩壊WW」と指摘され、止むを得ず動きが多少ギクシャクするのを覚悟して一枚ずつきちんと元のフォルムで描く、という話すら聞く。(これは、さすがにこれはほんまか、という気はするが。)
 なんとなく、最近のアニメの絵はばらつきがなく、動きはきれいで破綻がないのは認めざるをえないのだが、動きの力感というか、質感については70-80年代のTVアニメの、絵はバラバラでも、時々「おおっ」と思わせるものがある動きの方が楽しめるように思える。

セル・アニメの今昔


 アナログの時代には、アニメーションの動画は、最初は一枚ずつ手でセルにトレスしていた。だから、多少線が細くても薄くても、きちんとした線でありさえすれば問題はなかった。消しゴムの消し忘れとか、多少の作画ミスはベテランのトレーサーが直してちゃんとしたセル画にしていた、という話もあったように思う。現在はアニメーターが同じ絵を動画用紙を重ねてなぞって描いている「同トレス」という作業も、この時代にはトレーサーの業務だったのではないか。その後トレスマシンによるマシントレスになっても、色線はハンドトレスだったようだし、彩色は人力だったから、多少の線のかすれ程度はそれほど深刻な問題ではなかった筈だ。ところがデジタルになってから、きちんとスキャナーで認識する濃さで描かないと、動画が商品として受け入れられない。昔は動画はBか2Bの鉛筆で描いていた筈だが、最近は絵が細かくなった事もあって2Hでも作画する、という話も聞く。アニメーターの訓練も、「いかに動かすか」よりも「いかにスキャナーがきちんと認識する線を引くか」という事を最初に出来ないと、まったく仕事にならない。聞くところによると、とあるアニメスタジオのベテランアニメーターが、「動かす」という部分では抜群なのに、デジタルになって「筆圧」が確保できず、現役引退して後方任務に回るはめになったそうだ。この大量規格生産された動画をパソコンにスキャナーで読み込むと、鉛筆の線のぎざぎざとか端のはみだしとかは、きれいに自動で補正してしまう。道理で、なんとなく、デジタルの線は、トレスマシンの線よりも、昔のなめらかなハンドトレスの線に近いような気もするが、むしろきれいすぎて面白くないような気がする。閑話休題。

 このような結果、動画職アニメーターの収入が従来の半分以下になってしまっているのにもかかわらず、今まで何の対策も施されてこなかったのはなぜか。

みんな気付かなかった


 一つの原因として、この作画作業の質の変化が長期間に渡って起ったために、当事者が気付かなかった事もあるだろう。
 ある月突然作業内容が全部変わって描ける量が半分になり、収入が半分になったなら、いくら下っ端の新人アニメーターでも、「どうなってんですか。なんとかしてくださいよ。」と文句を言うだろうし、上の方も、全員今すぐ辞められても困るから、単価を上げるとか、今まで並みかそれに近い収入を確保できるようにするだろう。
 しかし、長期に渡って変化がおこった場合、最初の頃にいた動画職アニメーターは辞めるか、昇格して原画職・作画監督他のポジションに移っており、次に入ったアニメーターは最初からやや悪くなった状況で、また状況が悪くなった頃には動画職のポジションにはおらず、また次の新人が入ってくる、という事になる。
 昔、東映動画の長編のスタッフロールの「動画」の最後にいつも出て来るベテランの女性動画職アニメーターがおられ、「私は動画の方が向いていますので」と原画職への昇格を断っていたそうだが、そういう方が現在おられれれば、「どうなっているのですか。これは」という事になっただろう。

「常識」が裏目に


 また、世間一般の常識として、「アニメーターは低賃金でキツイ」という事が定着しているために、新人が入ってくると、「これがそうか。聞いた通り、ひでえなぁ」と言う事になる。「昔よりずっとひどい」とは気付かない。

海外との価格競争


 もう一つの原因は、日本のTVアニメ製作の上で、この、アニメ業界に初めて入ってくる新人の多くが携わる「動画作業」という部分だけが、海外との直接コスト競争にさらされている、という事だろう。その他の演出・キャラデザ・絵コンテ・作画監督・原画・編集・制作進行などの仕事をばらして海外発注する、という話はあまり聞かない。(1990年の「AERA」では、制作現場の話として「せめて原画は国内で」という話も掲載されているので、原画作業も一部海外に出ているのかもしれない。ウィキペディアには、原画の国産率は60%という記載もある。ちなみに、動画の国産率は20%だそうだ。)

 前回の記事の中で、「手数料や諸経費を考えると、海外発注はそれほど安いとは言えない。」というプロダクション経営部の話があったが、逆に言うと、国内の動画作業は、一枚200円でないと、手数料と諸経費含めた海外発注に対抗できない、という事である。

海外依存率は如何に?


 ここで、日本のTVアニメーション製作の作画作業がどれほど海外に依存しているか推定してみる。昔のアニメーターが仮に総数1000人として、原画1対動画2なら動画666人、一人月産1300枚ならば、毎月86万枚の動画を描いていた計算になる。毎週40本の新作に各話5000枚だと毎月80万枚だから、大体の計算は合う。現在のアニメーター約4000人、動画職は推定約1400人、毎月の生産量は一人月500枚で最大70万枚。現在の製作本数(毎週100本、しかも昔と違って長編の本数も多い。)から見て到底足りる枚数とは思えないので、足らずの百何十万枚かは海外発注している計算となる。(前記のように、ウィキペディアには、動画の国産率20%という記載がある。)

現場からの声


 「ゆるりと製作所・アニメーターとお金の話」というブログ記事が有る。2015年6月27日付けで、昨年、JANICAの報告書をきっかけにみんなが各所で大騒ぎしていた頃の記事である。
 現場で仕事をしておられる方の記事なので、統計的ではないが、臨場感のある記述である。

「新人10人の内1年以内に6人が辞め、残りの4人のうち2人が翌年辞める。」2年で8割が離職という事である。前回記事の、「数年で9割が離職する」という部分とほぼ一致する。

 なお、いったいどれくらいの新人が毎年入ってくるのか、という点だが、「声優を含めて、アニメ業界全員で1万人以上」だそうで、大量の離職者が出るため、「穴のあいたバケツで火を消している状態」だそうだ。「ざるに大量の水を入れ続けると常時多少の水は残る」と述べた前号の記事と同じ見方である。
「JANICA報告の動画職年収平均110万は、1-2年目を生き残った三年以上の人の平均。1-2年目の平均年収は70万程度」昨年、「平均110万は高いのではないか」と述べたのは、正解だった様だ・・・・

 「10年前はもっと良かった」単価230〜250円位で、パチンコ物は500円位のものもあったが、現在はすべて一律になったそうだ。現在は平均190円くらい、一寸凝った物で200円。
 さらに、経費節減の為の「枚数削減!」で、口パクのような簡単な動画もずいぶん減り、口パクも口なしの顔の上に三種類の口、という従来の形から、「閉じた口を描いた顔」の上に半開きの口と開いた口の2枚の動画ですませて一枚減らす、というようになっているらしい。

 そして、動画・原画・作画監督というピラミッドのようなアニメーターの人員構成、これが現在では昔とは大きく異なっているそうだ。

  

 昔のイメージでは、新人はまず「動画」のポジションに入り、この「動画」の人数が一番多い。そして動画で経験を積んで上手くなり、才能のある人は「原画」に昇格。そして原画の中でさらに優れた人が「作画監督」を務める、というイメージである。
 ところが現在では、「動画」の中が二種類に分かれていて、一つは大手制作会社が、技術を要する複雑な動画を処理する為に持っている動画部門に所属する人で、非常にスキルが高く絵もうまい。この人たちは社員契約の人も多く、動画だけで食べて行ける程度の収入もあるようだ。もう一つは普通の中小の制作会社の動画部門に所属する人たちで、ほぼ新人によって占められているというのは昔と同じだが、昔のような制作の一部門としての位置づけより、「原画マン育成」のための一時的な研修部門という位置づけとなっている。昔は3年間位は動画として技術を磨かせた上で「原画」に上げていたようだが、最近は速成栽培で半年から1年で原画にしてしまうそうだ。スキルも十分に上がらないまま無理矢理「原画マン」にされた方には、それが原因で辞めてしまう人もいるそうだ。
 この動画部門が現在は昔よりずいぶん小さくなっていて、昔の半分以下か、下手をすると10分の一程度、というのが実感だそうだ。
 なんでそんなに縮小したのか、というと「動画部門というのは儲からない」ためで、中小制作会社では、原画マン育成のためだけに、最小限度の動画部門を残している、という有様らしい。
 なんで動画は儲からないか。受注単価が安く、かといってアニメーターへの支払いはこれ以上下げられない。受注単価が安いのは、海外から安い動画が入ってくるためだろう。

 農作物なら関税を課して国産を保護する、という事も出来るだろうが、まさか国内の動画作業保護のため、海外制作の動画に関税をかける、という訳にもいくまい。

 この、海外発注の動画、品質は「あまり良くない」そうだが、ベテラン専門の動画マンの動画より良くないのか、日本人の新人より良くないのかはこのブログには書いてない。

動画の「品質」


 この、動画、あるいは原画の品質についても、昔からずいぶんばらつきはあり、昔は「ゲゲっ」と驚くようなひどい絵がそのまま放送される事もあったのだが、最近は少なくとも、放送される段階では「なんじゃこりゃ」と思うような絵はあまり見当たらない。アニメーターの資質が向上した、アニメーターに要求される絵の品質が向上した、という事もあるだろうが、視聴者の注文がキビシクなって、「ちゃんとした絵じゃないと納得しない。」事が大きいようだ。
 「昔のファンはキビシクなかったのか」という話になるようだが、昔と今ではファンの数自体がケタはずれに違う。そして、ガリ版刷の同人誌や、アニメージュの投稿欄にちょこちょこファンが文句を書いても制作側にはあまり届かなかったと思うが、現在は、ネット上で瞬間的に「この作画はヒドイ」という情報が「元の絵ごと」瞬時に拡散する時代なのである。
 その「あまり品質の良くない動画」は、「描き直し」になる事もあるが、かなりの部分が「描き直していては間に合わない」ので、発注元が手直しをした上で使っているそうだ。支払うお金は、そのまま使える動画と同じである。
 納品した方では、「あれでそのまま通ったのだから、いいんだろう」という事で、同じように次の作業をする。(そもそも海外だと、リテークなんて出せないような気がする。)(納品した絵と、放送された絵が違う、なんていちいち確認しないだろうしなぁ・・・インドネシアで日本のテレビアニメなんかいちいち放送しないだろうし)結果として、納品する側のレベルは上がらない、発注元では、修正作業に疲れきった作画スタッフと制作進行との、「あそこにはもう頼むなと言っただろう!」「でも、他に頼む先なんてないんですよ・・・」というトホホな会話が繰り返されているような気がする。

アニメ業界崩壊の予言


 アニメーション監督の庵野秀明氏は、「このままでは、あと数年でアニメ産業は立ち行かなくなる」というような発言をされている。庵野監督は80年代始めにアニメ業界に入って来られた方だから、「マスコミ評論」の頃に近い状況から、最近の状況まで、ずっと現場で見て来られている。「ヤマト・ガンダム世代」と言われている中堅アニメーター達が後10年くらいで引退すると見られるが、後の世代が育っていない、というのが現場の実感のようだ。この、「次の世代が育っていない」という問題についてはだいぶ前に故・今敏監督が「今のアニメ業界は、限られた優秀なアニメーターの取り合いになっており、次の世代は育っていない」という発言をアニメ学会の大会の講演でされていた。(先の神村幸子氏にその後の別のイベント時に「アニメーターが育っていない、という話を聞いていますが」と質問した所、「そんな事はありません。ちゃんと若い人は育っています」と回答された。どっちだろう?)

 さて。

 このまま進むと、多くの識者・関係者が指摘する様に、本当にアニメ業界は崩壊するのか。

なぜ当たらない「予言」


 1977年、「マスコミ評論」が問題を指摘し、「このままではダメだ」と言った。1990年、「AERA」がアニメーター低賃金問題を取り上げ、「このままではダメだ」と言った。2015年、JANICAが報告書を発表、みんな「このままではダメだ」と言った。40年に渡って、新人は最低賃金以下の収入しかなく、離職率9割、みんな「ダメだ」と言っているのに、なぜか業界は本当に崩壊はしない。

 アニメーター・演出家の故・石黒昇氏は著書「テレビアニメ最前線」(1980)の中で、アニメファンの女の子が、「ショックを受けていた様子」を記述している。多分「マスコミ評論」の記事を読んだのだろうが、「アニメーターの人は貧乏で大変な暮らしをしている様だから、励ましてあげよう」と思っていたら、「普通の家で普通の暮らしをしている」様子に驚いたのである。(具体的には、「ビデオデッキがある」事に驚かれた様子だったそうだ)それは、現在に換算して年収が300万〜400万あれば、普通のサラリーマンと変わらないから、普通の暮らしが出来るだろう。石黒氏は、当時でももう少し収入はあったはずだ。当然である。

 ネット記事が指摘するように、アニメ業界の平均年収300〜400万円台であれば、贅沢はできないが普通に食べて行く事は出来る。もう少し稼げば結婚も出来るし車も買えて子供を作って家を建てる事もできるだろう。制作の主力となるメインのスタッフがなんとか食べていけるのであれば、「すぐに業界が崩壊」する事もあるまい。

問題の核心は


 さて、いままでの情報を総合すると、アニメーターで食べていけるのは、「動画職の内、大手制作会社所属の動画職エキスパート以上の人」、「原画職の内、経験を積んで中堅以上になった人」で、動画職はほぼ全員飢餓線以下、原画職もなりたての人はかえって動画職よりも収入が低いそうなので、飢餓線以下。

 前回の記事でも述べた様に、我が国のアニメーション業界は、他の業界とは異なり、新人育成中に、新人の最低生活を保障するだけの賃金を支払う制度を持たない。なぜ持たないかというと、「新人全員に生活を保障できるだけの賃金を支払うと会社が潰れる」事と、「怒濤の様に新人が殺到してくるので、その中で生き残った奴だけ使えば仕事はかろうじて回る」ためである。

 業界の新人総数1万人以上、その中で何人がアニメーター志望なのかは知らないが、相当の人数のはずだ。たかが総数4000人程度のアニメーターの中にいっぱいで入って来た新人が、1年間、一人も辞めずに生き残ったら、翌年はどこの会社も新人を採用する枠は残っていないだろう。
 本当にそんな事になったら大変である。アニメ専門学校の生徒が「昨年入った先輩達は、みんな辞めずにがんばっているそうだ。アニメ業界も良くなったようだ」と喜んでいると、卒業間際に「今年の求人は、ゼロらしい」という事になって真っ青である。離職率9割が、翌年の新人の就職を支えているという皮肉な話である。

 この「若手制作者の惨状」が、アニメーター低賃金問題の中核である、という事は関係者含め全員が言っているが、「AERA」で指摘されて以来この25年間、まったく改善されていない。この25年間ちっとも変わらないものが、今後改善されるはずがない。業界に期待してはいけない。

 アニメ界の方からの訴えも錯綜していて、「一部若手制作者がものすごく大変だ」という話と、「アニメ業界が大変だ」という話がごっちゃになっている。先の「ゆるりと製作所・アニメーターとお金の話」の、作品の受注単価を倍に上げる、そうすれば若手アニメーターの方にも金は回る、ととれる議論もある。

 問題は、アニメーター志望者の側にもある、と前回述べた。そもそもアニメーターに向いていない人が、普通の会社に「入社した」つもりで、新人で入ってきたら、それはしんどいだろう。それを本人が業界に入る前に見極められやすい様に、「アニメーター適性試験」というものを業界主導でやってはどうか、というのが前回の提案だった。
(誤解のないように言うと「普通の会社」も結構キツい。大塚康生氏は、70年代のFILM1/24のインタビューの中で「銀行で札ビラ数えていれば始めから8万9万出る訳でしょ」という発言をされていたが、銀行の業務というものはそれは厳しいものだ。机に向かって絵を描いていればすむアニメーターとはケタが違う。私のやっていた「飛び込み営業」も甘い仕事ではないし、世の中に「楽な仕事」というのはそうあるものではない。)

 先にも述べた様に、アニメーターでも、一定以上の技量があれば、今のままでも食べて行く事は可能だ。現在、多くのアニメーターは、アニメーションの専門学校(2年制)を卒業してアニメ業界に入る。その後数年間程度の下積み期間を経て、必要な技量を身につける事が出来れば、食べて行くのに最低限の収入は確保できる。後は才能次第である。
 この数年間の下積み期間にに9割の人間が離職して1割しか残らない。

「採用体制」にも問題か


 前回の記事で、業界の方の見方として「新人の8-9割は動画職にはなれる。2-3割は、原画職になれる。」と記載した。そもそも原画職になれないと食べてはいけないのだから、「始めから、業界ではたぶん食べて行けない」と思われる人間も7-8割は採用している事になる。それでいて、新人期間の生活保証もしていないのだから、ずいぶんとひどい話である。

 もっとも、「こいつ、大丈夫かなぁ」と思うような新人が使ってみたら思わぬ才能を発揮する、という事はどの業界でもあるから、多少は多めにどの業界でも採用する。しかし、離職率9割を前提とした採用というのは、普通の業界では考えにくい。

 アニメーションでも、始めから、原画職に上がれる見込みのある人間だけを採用し、新人の間の生活給を保証して大事に育てる、という事が出来れば問題はあるまい。採用数は現在の三分の一程度になるだろうが、離職率は5割未満になるのではないか。

 出来はしないだろうなぁ。今まで、ずーっとやらなかったのだから。中小の制作会社では、電話してきたアニメーター志望者に社長が面談して、スケッチブックをぱらぱらっと見て、ちょっと話しして、「一度やらせてみてもいいか」と思ったら、「じゃあ、やってみる?」という事で採用が決まっているようだ。

 アニメーション以外の「普通」の会社では、まず書類選考があり、それを通ったら一次面接(人事担当者)があり、それを通ったら二次面接(小さな会社なら、ここで社長面接だったりする。)があり、以後さらに選考を重ねて採用を決定する。正社員採用だから、当然の事だろう。戦力になるまでの間も最低限の生活給を保証する決断なのだから。

 「アニメ」だと、まず新人に生活給を保証する必要がない。新規の「小規模自営事業者」と取引を開始するかどうか、という判断なのである。「こいつどうにもならない。手間ひまかけるだけムダ」というレベルの人間を除けば、取引を開始しても、大した損にはならない。仕事を教える手間はかかるが、来なくなっても、「またか」でおしまいである。ここ数十年、ずーっと続いてきたのだから。
 「とりあえずある程度以上のレベルの人間を取って、やらせてみて、生き残った奴だけを使う。」という事で、すんで来たのである。
 多数の志望者の中から「ちゃんと成長して、戦力になる人間」をきちんと見極める技術なんか、採用する側につく筈も無い。「なりたい人全員がアニメーターになれる。」というのは、こういうことではなかったのか。

 これでは、「アルバイトの採用」と変わらない。昔、大阪では、扇町の学生相談所という所があって、企業からのアルバイトの募集を集めて学生に紹介していた。面接もほったくれもない、志望者の数が募集より少なければ全員採用、多ければ「ジャンケン」で仕事を決めていた。
 私事で恐縮だが、そこでバイトで行った会社(運送・倉庫会社)のひとつから、「君、また来てくれる?」という事で電話があって、結局大学卒業まで3年半、その会社にアルバイトでお世話になった。
 翌年の夏、相原信洋さんのアニメ塾を受講するので、「何日から何日まではバイト行けません」と会社に言って休んだ。そのアニメ塾の最終日の夜、翌朝の始発まで梅田の「シバタ」という深夜喫茶で相原さんやら他の受講生と話し込んでいて、始発で家に帰ったら、電話がその会社から入っていた。折り返し掛けたら「今日行けますか?」という内容で、徹夜明けで引っ越しの仕事に行ったがさすがにしんどかった。丁度お金がなかった時だったので助かったが。
 なんの話だ。

 つまり、「じゃあ、一回やってみる?」で「採用」された人間が、「仕事」の、「これを一ヶ月に500枚描くの?」「500枚描いて10万円なの?」にびっくりして、「三日で辞める」「十日で辞める」のは普通だろう、と思うのです。入り口がアルバイトといっしょなのだから。

 ただ、最初から数日間、長くても卒業までの間のアルバイトと違って、一生やるつもりの仕事に入ったのだし、業界の実態についてもネット上で虚実入れ混じったものながら情報も色々と流されているから、入ってすぐに辞める、は、アニメーションの場合は、そんなにないとは思う。(思う、だけでデータはないが・・・) ないとは思うが、「安易な採用」は「安易な離職」につながっているのは確かだと思う。

「いままでは大丈夫だったから」


 しかし、それでも、過去40年間に渡って、「これはひどい」「なんでこんなに安いの」「このままではアニメ業界はダメになる」と言い続けられて来ながら、なんとかアニメ業界は回って来た。

 だから、これからも大丈夫だろう、となんとなくみんな思いながら今日に至ってしまった。

 しかし、今回の「危機」では、いままでと明らかに異なった部分がある。状況をまとめると、

「1.動画作業の海外依存の度合いが非常に高まっており、国内に動画職アニメーターがいなくても、とりあえずのアニメ制作に問題はない。」

「2.商業アニメの制作ブロセスが変わり、その結果アニメータに要求される作画品質に大きな変化があり、国内の動画職アニメーターの収入が昔より大きく減っている。その結果、昔より多くの動画職のアニメーターが原画職になる前にやめてしまう。」

「3. 結果として若手の原画職アニメーターが減リ、原画職アニメーターの高齢化が進んでいる。一般社会の「団塊の世代」に該当する「ヤマトガンダム世代」のアニメーターが引退する時期が近づいているが、彼らが引退した後を埋めるものがいない。」

今度こそ本当につぶれるかも


 なんでこんな事になったのか、誰が悪いのか、と言うと、これはアニメ業界の中の問題である。、仕事別の業務分担を変更したのに、それに伴う経費配分の見直しをしていない、という事でしかない。その結果問題が発生している。外的要因ではない。

 そしてその結果、原画職アニメーターの数が足りなくなければ、今のような大量のアニメーションを作り続ける事は出来なくなる、これでは、「アニメ業界は崩壊する」という見方も無理はないとは思う。

 しかし、おそらく、「崩壊はしない」と思う。ここに2つのシナリオを書いてみる。

再建へのシナリオA


   アニメ業界の皆さんが「これではいけない」と奮起して、一致対策に当たる。具体的には、「若手動画職の極低収入」がボトルネックとなっている点を克服するため、新人動画職アニメーターに、歩合の動画一枚200円に加えて、1年目月額6万円、2年目月額4万円、3年目月額2万円ぐらいを一律支給する。
 現在の年収1年目50万(推定)・2年目90万(推定)・3年目以降110万にプラスすると、1年目122万・2年目138万・3年目134万となる。「4年目はどないするねん」という話になるが、3年かかって原画に上がれない方はアニメーターをあきらめるか、低年収のままがんばるかの選択となる。もちろん、採用にあたっては、最初から「4年目以降は完全歩合給となるので、しっかりスキルを上げておかないと餓死します。」としつこいめに言っておく。
 「そんな、すぐ辞めるかもしれない奴に毎月6万円も払えるか」という声もあるかもしれない。であるから、「原画アニメーターに育てるため、こいつに毎月6万円払う」覚悟で採用時に選考を厳格にすればよい。普通の会社並みではないが、普通の会社に少し近づく。4-5年は混乱があるかもしれないが、人事選考・採用基準が安定すれば、「すぐ辞めて何にも仕事しない奴に何十万も払った」という話は少しは減るだろう。
 こうすれば、才能があってまじめに頑張る人は餓死する心配も「あまり」無く、無事原画アニメーターに成長できるだろう。一方、まじめだが才能がない人とまじめでない人は、「僕はプロのアニメーターやっとったんや。大変やったぞ」という自慢話と、時間が美化した「あの頃は大変やったが、仕事は面白かった」という思い出をおみやげに、アニメーターを卒業出来る。

 「母子家庭なので、「アニメーターになりたい」なんて言っちゃいけない、と思ってました。」という貧乏で可憐な絵のうまい美少女もアニメーターに挑戦できる。(育英会のCMをパクりました。すみません。)

 離職率9割が離職率8割くらいになれば、若手の原画職アニメーターはじわじわ増えて行って、人数的な問題は解決するだろう。
 ただし、採用する側が選考基準を厳格にする分、今まで採用されていたレベルの人間が選考を通らなくなる、という問題はある。アニメ専門学校の「就職率100%」という宣伝文句も怪しくなる。なに、自由主義経済国家なのだから、「うちは最低保証無し。最初から完全歩合ですが、よろしければどうぞ」という会社も(「ブラックアニメスタジオ」とか言われるのかね)残るだろうから、心配はない、そちらに入っていただければ、今までどおりみんなアニメーターになれる。大丈夫だ! (何が???)

再建へのシナリオB


 アニメ業界の皆さんは、「今まで大丈夫だったのだから、これからも大丈夫だろう」と楽観視して、何もしない。原画職アニメーターは年々じわじわ減ってゆく。今でも制作進行の皆さんはアニメーターの確保で四苦八苦していると聞く。さらに状況が段々悪くなった、ある日。

 進行「次回作のアニメーターが確保できません。」
 プロデューサー「なんでや?」
 進行「四方八方あたりましたが、どうしても足りません。」
 プロデューサー「Aさんは?! Bさんは?! Cプロは?!」
 進行「Aさんは、昨年アニメーターを辞められました。BさんはD社との専属契約が決まっていて、今回は手伝っていただけません。Cプロも仕事の依頼が殺到していて、とてもうちの値段では受けられないそうです。」
 プロデューサー「他のスタッフは全部揃っていて、放送予定も決まっているのに、アニメーターがおらんでは話にならんぞ。」
 進行「他社の進行にも聞きましたが、どこでもアニメーターが揃わなくて大変だそうです。E社では、放送予定の決まっていた新作の一部を中止して、それ用に確保していたアニメーターを他の作品に回しているそうです。」
 プロデューサー「そういう訳にもいかんぞ。原画の予算を増やすから、他社のアニメーターを引っこ抜いてでも数を揃えろ。」
 進行「やってみます」

 という訳で、原画職アニメーターをお金で奪い合う騒ぎが各所で起こる。(今でもあるようだが、段々とひどくなる。)TVアニメ黎明期に数少ないアニメーターを各社で争った現象の再現である。原画職アニメーターは、大富豪とはいかないが、ちょっとリッチになる。

 一方、動画職アニメーターは依然超ビンボーのまんま。新人動画職のF君は「原画の人はぎょうさんお金がもらえてええなぁ・・・」と羨望のまなざしでウハウハの先輩たちを見る日々が続く。そういう中、一年先輩の動画職Gさんが原画職に昇格する事になった。原画職は業界全体で超手不足なので、新人なりたての原画職でも「とにかく原画の描ける人をお願いします!」と仕事依頼が殺到、仕事単価もどんと高いので、Gさんの収入は倍増どころではない。「F、原画は儲かってええぞぅ」とちらりと見せてくれた給与明細にF君達の目の色が変わる。「こんなにもらえるんですか?!」F君たちがスタジオの社長に聞いた所、社長曰く「今は原画は取り合いだから。当分、こんな感じだと思う。」
 今は超ビンボーでも頑張って原画に昇格出来れば、ウハウハ生活が待っている。多少下手でも、人手不足の今なら原画に上がりやすい。現にGさんはF君達の目から見てもあんまり上手じゃない。1年ほどの辛抱だ。今辞めたら損だ!」
 という訳で、F君達新人アニメーター達の多くは辞めずに頑張って「繰り上げ招集」で、1年後に原画に昇格。しかし、ある年の新人原画マンが少々増えた所で、状況が一挙に解決するはずもなく、4-5年はこの状況が続いて、ようやく原画職アニメーターの量的不足は解消。その後、仕事単価も落ち着くかもしれないが、原画職になって4-5年もやっていればスキルも上がるだろうから、それなりの収入も確保できるだろう。

 落語で「ポツダム真打ち」という言葉があった。敗戦直後の落語家不足とどさくさにまぎれて、実力の無い落語家までまとめて真打ちに昇格させた中、下手なのに昇格できた真打ちを指す言葉だ。「◯◯師匠は、あれは「ポツダム真打ち」だよ」と揶揄された存在である。「ヤマトガンダム世代」「ゆとり世代」みたいに、ある年代の人間を世代で輪切りにした言葉でもある。原画バブルで昇格したF君たちは、「ナントカ原画」とか、「ナントカ世代」と呼ばれるかもしれない。

 このシナリオBの問題は、新人動画職アニメーターの極低賃金問題はそのまま放置されているので、一応、原画アニメーター不足が解消した段階で原画バブルはなくなり、またじわじわと原画職アニメーターの不足が始まるのではないか、という点である。
 まあ、現状でアニメーター不足はかなり深刻になって来ている様子で、状況を憂慮した一部の制作会社ではすでに新人に補助を出したりしているようだ。いくらなんでも、上がったり下がったりの繰り返しはないとは思う。

 業界が対策を講じるシナリオA、放置して成り行きに任せるシナリオBのいずれでも、原画アニメーターの不足は最後は解決されて、業界は崩壊しない、というのが私の結論である。(この解決にいたる道筋は、特にシナリオBでは大変な惨状にはなるであろうが・・・)いずれの場合でも、アニメーター人件費への経費配分が増える。シナリオAでは育成中の新人アニメーターへの生活給の加給、シナリオBでは原画職アニメーターの収入増、という形だ。

 この、おそらく崩壊しない、という見立ては、アニメ業界の現在の危機・原画職の高齢化が、あくまで「原画職」という業界の中の一部の職種の問題で、かつ今後も大量の若い新人が毎年応募してくる、という前提に立っている。前回の記事でも書いたが、「アニメーターなんてダサい」と若者が思い始めたら、アウトである。(そんな事は起こらないとは思うが・・・)
 また、あくまで今回の問題の原因が業界の内部にあり、外的要因(発展途上国から安い完成品のTVアニメがバンバン入ってくるとか)によるものではない事も判断の前提となっている。
 他の高齢化で崩壊が心配されている業界、たとえば農林水産関係の業界では、業界全体の高齢化が進んでおり、特に林業関係では平均年齢50歳以上、65歳以上のウェイトが30%だそうだ。それに比較すれば、アニメーターなどと言うのはまだまだ若者の世界である。

「質」の確保は


 「数だけ揃っても仕方がない。質が問題で、日本のアニメーションの未来を背負うような優秀なアニメーターが出てこなければ危うい。」と言われる方もあるかもしれない。しかし、数が多ければ、その中から必ず優秀なアニメーターは出てくると思う。モノを作るには、コツコツと仕事をルーティンワークとして押し進めていくその他大勢の普通のスタッフも絶対に必要なのである。必ずしも全員が優秀な逸材である必要はない。もっとも全員が凡庸では困るが、毎年1万人以上が押し寄せるアニメ業界の新人の全員が凡庸な普通の人、なんて事はあり得ない。「当たり年」「はずれ年」程度はあるかもしれないが。

最後に


 この文章も終わりに近づいて来た。

 この文章を書くに当たって、色々な記事を読み込んで来た。雑誌の記事、書籍、ネット上のブログ、掲示板。そして判ったもう一つの事は、アニメーション業界の非効率性である。
 前回の記事でも紹介したが、JANICAのシンポジウムの中で、ある会社では、経験2年目で月収12万程度、中には20万の動画職アニメーターもいる、という発言がある。どうして月500枚しか描けないのに、20万稼げるのか? 上手い、手の早いという点もあるようだが、この発言によると、「会社で仕事をきちんと取って、アニメーターの手が空かない様に割り当てれば、500枚以上描ける」せいだという。
 また、別の記事によると、一日の労働時間15時間だが、給料は長時間労働の割に安い。なんで安いかというと、前の行程が遅れていて、素材が届かないので絵を描いていない待ち時間が長い。お金は作業した結果にしか出ないので、結果として安い、という事だそうだ。
 なんで素材が届かないのか。前の行程のアニメーターが納期を守らない、きちんとした内容のものを納品して来ないので修正しないと次に回せない、という事らしい。

 それは普通の業界でも「たまに」そういう事はある。当然クレームとなって、先方のお偉いさんが飛んで来て平謝り。同じ事を二回やると、もうそこに仕事を頼む事はないと思う。

 納期を守らない、きちんとした内容のものを納品して来ない、というのは、銀行員であれば、集金した当日に入金せずに2-3日遅れで入金し、しかも伝票と回収して来た現金手形小切手の金額が合わない、というようなお話である。もちろん一発でクビである。

 誰かが仕事を遅らせる。その結果、次の行程が遅れる。順繰りに遅れて行く中で、また誰かか遅らせる。結果、どこかの部門にあふれるほどの仕事が回り、消化しきれないので苦し紛れに海外に回す。一方で、国内では仕事が来ないので、ボーっとしている人がいる。
 何だ、朝から晩までコツコツコツコツコツコツ動画を描いても500枚しか描けない、だから安い、のではなかったのか。このシンポジウムの中で、先の神村幸子氏も「動画の仕事が国内を飛び越えて海外に出てしまい、手空きになるのが、低収入の一因」と発言されている。
 つまり、会社が仕事をきちんと取って動画職アニメーターに割り当てれば、収入は一枚当たりの単価そのままでも2割アップするわけだ。
 できないらしい。

 どこの業界に、会社にいったら仕事がなくて仕事が来るまでボーっとしている会社があるのだろう。
 アニメーターに良く似た雇用形態の大工さん。大手の会社は別として、小さな工務店は社長と経理担当の奥さん二人。二人では家は建たないので、注文が入ると、知り合いの左官屋さん、建具屋さん、基礎工事屋さん、足場組み立て、電気工事、管工事などの方に声をかけて、面子が揃うと工事開始。うちの近所には職人さんが多く、朝早くあちこちの道ばたにお弁当と荷物を持って、工務店さんの車を待っておられる姿をお見かけする。私が出勤する先の近辺には「現場」が多く、皆さん集合されて仕事の段取りを組んでおられる。早くも材料を積んだトラックが入って来て、皆さんで荷台から材料を争う様に現場に下ろす姿もある。仕事が終わると、社長が日当を皆さんに払う。
 この「大工さん」で、材料が届かずに半日仕事が止まるとどうなるか。社長さんは青くなる。「大工さん」は日当なので、みんな半日ボーっとしていても、日当は一日分払わないといけない。そんな事が何回か続くと会社は大赤字で潰れてしまう。当然、必死で段取りを組み、仕事の切れ目を作らない様にする。

 アニメーターの場合は、「出来高」なので、半日ボーっとさせていても、半日分のお金を払う必要はない。もしアニメーターが固定給や時間給なら、アニメ会社の社長は仕事を切らさぬように腐心するだろうが・・・

 「制作進行が悪い」という言葉もあったが、制作進行担当としてはたまったものではあるまい。元々余裕のない制作スケジュール、納期を守らない外注先、度重なる内容変更、「そんなもの、まともに回る訳がないじゃないですか」・・・・

 「ちょっとでもいい作品にするためにみんなやっているんだ」と思う。アニメーションの会社では、アニメーションを作る人は、ちょっとでもいい作品を作ろうとするし、お金の計算をする人はちょっとでも出て行くお金を減らして予算をオーバーしないようにする。

 アニメーションを作る人と、お金の計算をする人はいる。しかし、プロセス全体を見直して、業務効率をちょっとでも上げよう、という人はあまりいないようだ。先の、動画職アニメーターの仕事を切らさぬようにして効率を上げたような社長さんは例外のようである。

 「規格品を大量生産しているんじゃない。我々の作っているのは作品だ。」確かに、アニメーションの歴史始まって以来無数の作品が作られてきたが、まったく同じカットは一つもあるまい。動画など何億枚も描かれているだろうが、まったく同じ動画は一枚も無いだろう。ないだろうが、本質的にどの会社でもほとんど同じような仕事を流れ作業でやっている事に違いはあるまい。

 「プロセスは見直して改善している。」確かに、トレスマシンの出現で、熟練トレーサーの作業は不要になり、動画とセルを重ねてポンポンやるだけで誰でもトレスは出来るようになった。さらにデジタル化によって、何十枚かの動画用紙をスキャナーの原稿送り機にドサッと載せてポンとボタンを押すと、シャコー、シャコーと動画を吸い込み、スキャンしてトレスはおしまい。後は動画データをインターネットで仕上げ部門に送れば良い。深夜の国道を車で走り回って素材のやりとりをする、という話は過去のものになりつつある。仕上げの方も、何十枚かのセルを一色ずつ塗っては乾かし塗っては乾かし、何百色かのアニメカラーの管理とずらり並んだ乾燥棚に仕掛かりのセルを入れては出し入れては出す、という作業はなくなった。代わりにずらりと並んだパソコンの前に座って、マウスを忙しく動かしてはカチカチカチカチするだけで彩色はおしまい。絵の具が乾くのを待つ必要はない。この恩恵を被っているのがアマチュアの作家たち。フィルム時代には高嶺の花だったセルアニメを簡単にできるようになった。
 さらに、多くのスタジオでは「紙」を使わず、ペンタブレットを使用して、直接パソコンのデータとして作画するようになって来た。こうなると、スキャナー作業も不要になる。

 しかし。
 デジタル化で、動画職アニメーターの負荷は増し、収入は減った。なんで人間の負担が軽くなるようにはできないのか。できないのであれば、プロセスの改善で「浮いた」はずの費用は、なぜ動画職アニメーターに回らない。どこに消えたのか。

 日本アニメーション学会の大会時に、某大手アニメ制作会社の見学会があった。その時の会社の説明によると「デジタル化で、確かにいろいろな事が簡単に出来るようになったが、出来るからというので、ついついなんでもかんでもやってしまい、結局かかる手間はいっしょだ。」だそうだ。おい。

 自主アニメの個人制作だと、基本的に全部のプロセスを一人でする。だから、プロがやらないような事も平気でやる。例えば、動画をスキャンする時に、「画面の中」に動画番号を書いておくと、何十枚もスキャンしてから「これ、何番の動画だっけ」と悩む事が無くなる。保存するときに、番号の所を消せば良い。簡単だ。あるいは、いったんスキャンした動画の一部を消しゴムで消して書き直してスキャンする。何枚も同じ絵をなぞらなくて良い。他にも、いろいろと工夫している人はいるだろう。これは、全作業を一人でしているので、当然全部の制作プロセスが判っているためと、プロセスを変更しても、どこからも文句が来ないせいである。

 プロの世界でも、ちょっとでもいい作品を作ろうとする人と、お金の計算をする人の他に、アニメーションの全制作プロセスを熟知し、プロセスの改善による業務の効率化を立案して実現していく人がたくさんいれば、こんな事にはならなかったのに、と思う。動画作業の効率的配分の他にも、改善できる点は沢山あるはずである。

 昔は、ひとつのアニメ会社の中で、映像を作るプロセスの全部があった。脚本・絵コンテ・背景・原画・動画・トレス・仕上げ・撮影・編集まで全部あり、録音と現像だけを外部に出していた。全部が同じ場所にあって同じ会社の人間だから、「ここは、こういう風にしたほうがいいんじゃないですか。」と提案して、「それはそうだな」という事になると、部門をまたがっても業務改善をする事は別にそんなに難しい事ではなかった。「小説手塚学校」という本には、創建期の虫プロのそういうエピソードがいろいろと載っていて、大変面白い。(これ、本当なの? というエピソードもあるが)

 やがて、アニメーションの制作プロセスが安定してくるとともに、作業は分業化し、それぞれの作業を専門に受け持つ、仕上げ専門、動画専門、背景専門の下請け企業が独立して存在するようになると、「部門をまたがっての業務改善」は中々困難になってくる。ある会社の現場で「ココは、こういうふうにした方がいいんじゃないか」と誰かが思っても、「ウチの担当業務では、こういう風にするようになって」いて、それを前提に複数の会社と複数の会社がやりとりする全体の流れができているので、なかなか声は通りにくい。制作プロセスは変わらなくても、長年の間には環境がじわじわと変わっていくものだから、昔はきちんと機能していた制作プロセスも、次第に問題点が出てくる。「動画職アニメーターの極端な低収入化」も、その一つだろう。

 ネットの中を丹念に覗いていくと、あちらこちらにそういう声が転がっている。そういう声を丹念に拾い上げ、実現可能な対策を立案して実現していく事が必要だろう。「kaizen」という英語を作った日本人に出来ないはずはないと思う。我が国は、質・量とも世界最大のテレビアニメ生産大国である。

  (追記 前回の記事で、TVアニメシリーズの制作費1000万円と書いたが、それは昼間の時間帯にやっている子供向けのシリーズで、深夜帯にやっている深夜アニメは一本の制作費2000万円位だそうだ。道理で線が細かくて動きが多い。昼間のビジネスモデルはスポンサーからの広告費、深夜はDVD・関連商品の売り上げで、稼ぐ構造が違うそうである)

「まだ・アニメーター低賃金問題を考える」2018.3.24 に続く

「また・アニメーター低賃金問題を考える・完結編」2019.1.14 に続く

参考記事「NEW BOOKS 「アニメビジネス完全ガイド」増田弘道著」2018.9.4

その他参考サイト
 JAniCAシンポジウム2009
アニメーターが明かす仕事の本音

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