<2018.3.24 K.Kotani>まだ・アニメーター低賃金問題を考える


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月刊近メ像インターネット


2018年03月24日

まだ・アニメーター低賃金問題を考える



前回の記事「「アニメーター低賃金問題」を考える」2015.8.27
前回の記事「「続・アニメーター低賃金問題」を考える」2016.8.12

 月刊近メ像では、2015年8月と2016年8月に、それぞれ「「アニメーター低賃金問題」を考える」、「続「アニメーター低賃金問題」を考える」を特集記事として掲載した。今回、アニメーション研究家の渡辺泰氏より、2007年5月の「週刊東洋経済」掲載の、「アニメーター・低賃金でなり手減少 今や9割は海外製!」という1ページの記事のコピーをいただいた。内容は90年の「AERA」などと同じ調子で、低賃金・重労働のアニメーターになり手が少なく、海外依存が大きくなり、人手不足が深刻化していて、このままでは、空洞化が進む、というものだ。
 この記事には、「続」に紹介した「アニメーターの神村幸子氏はブログの中で、「昔のアニメーターの方は、自分は月間千数百枚描いていた、と言っています。でも、今はそういう事の出来る状況じゃないんです。」と述べている。」という文章の元と思われる、日本動画協会の山口康男専務理事の発言も掲載されている。



経緯を再検証


 ここで、過去にマスコミなどで取り上げられた「アニメーター低賃金問題」の記事を振り返ってみよう。
1977年11月「マスコミひょうろん」
1990年12月「AERA」
2007年5月「週刊東洋経済」
2015年 インターネット上でのプログ・ニュースなど



 この4つを比べてみると、1977年の「マスコミひょうろん」掲載の記事と、その他の時期の3つの記事に掲載された動画職アニメーターの状況に大きな落差がある事がわかる。前の記事にも書いたが、1970年代の動画職アニメーターの月収13万円程度、現在に換算すると推定25万程度。1990年の「AERA」の記事では出て来た新人アニメーターの月収は4万程度だが、標準的な動画職アニメータの月収は15万未満とされる。そして2007年5月の週刊東洋経済の記事では月収10万。2015年の段階でも月収10万である。(なお、1977年から90年頃までは物価は概ね一直線に上昇しているが、90年代のバブル崩壊後はほとんど物価は上がっていないため、名目収入が増えなくても実質収入は減っていない)

  「マスコミひょうろん」の記事には、「このままではダメだ」とは書いてあるが、「このままでは日本のアニメーターはいなくなる」とは書いていない。しかし、1990年の「AERA」2007年の「週刊東洋経済」2015年以降のネット上の記事ではいずれも、ニュアンスは若干違うが、「このままでは日本のアニメーションは崩壊する」という意味合いの事が書いてある。

興隆する日本商業アニメーション


 TVアニメは、「テレビ漫画」と言われた初期は週数本、77年のマスコミひょうろんの記事の頃は週28本、90年のAERAの記事の時には週45本、2007年の週刊東洋経済の記事には本数の表記はないが、2015年頃以降の制作本数は週百本を超えている。TVアニメ業界は「崩壊」どころか、着実に成長をとげている。(新シーズン毎に、とても全部見切れない、というファンの悲鳴は大きくなる一方だが) 海外の下請けに頼ってしまったが故に次世代を担うクリエーターが決定的に不足したり、退職者続出で「絶滅」するはずの日本のアニメ業界には、次々に新しい才能が芽生え、毎年公開される「新作長編」だけでも、全部観るのが大変な本数である。本数が多いだけではなく、今の新作は質が高くて面白い作品が多い。70年代のブーム時に、どさくさに紛れて輸入されて来た海外長編から、アート系短編まで全部観て、アニメ飢餓感をまぎらわしていた世代からすると、夢のような時代である。

 1990年より今年で28年。10年で崩壊するはずの日本のアニメーションは、なぜ崩壊しないのか。この疑問は前回の「続」でも書いて、それなりの回答も書いた。

 もう一度、時系列で状況を見て見よう。
 1960年代、テレビアニメ勃興期。アニメーターは基本的に正社員。アニメーターの不足により、アニメーターの待遇は非常によかった。
1970年代。テレビアニメ安定期。アニメーターの個人事業主化がすすみ、動画職アニメーターの収入は厳しくなるが、生活できなくなるほどではない。海外への動画作業の発注が始まる。
 1990年代以降。海外への動画作業依存率の大幅アップ。また動画の密度は大幅に上がり、月間の動画作画可能枚数は大幅に減る一方、単価は上がらず、動画職アニメーターの実質収入は大幅にダウン。アニメーションの収入だけでは生活不能となり、貯金の取り崩し、親からの援助が必須の状態となる。

 この間、70年代にはいわゆるアニメブームが発生、アニメーション専門誌が次々創刊される一方、若いアニメファンにとって「憧れの職業」になったアニメーターになるための「アニメーション専門学校」が次々と開校した。また、テレビアニメの本数が大幅に増えた為、アニメーターの需要も増えた。アニメプロにとって、急増したアニメ専門学校は、不足するアニメーターの供給源として貴重なものだったはずだ。

 90年の「AERA」には、「昔は芸大を出た人がアニメに来た。今は夢のある仕事ではなくなってしまった。」というアニメ関係者の言葉がある。ではその頃はどこから新人アニメーターは来たのか。70年代に大量に出来たアニメ専門学校だ。



 (何回か書いている、「なりたい人全員が、一応アニメーターにはなれる。」という点についても、異論はある。「専門学校には、複数社内定を獲得した卒業生の内定数を全部合計して、卒業生人数で割って、100%という事にしている所もある」という話もある。しかし、複数の業界関係者の話を総合すると、どうも、「よほどの事がないと、ほとんどがどこかには入れる」という事が実情らしいので、そちらを採用する事にした。)

海外依存率に反比例する動画職アニメーターの収入


 90年頃の動画海外依存率は60%程度とある。そして、2007年の週刊東洋経済の記事によると、海外依存率90%とある。70年代には、国内で動画作業をする人間がいなくなるとアニメは作れないから、「最低限」の賃金ははらっていたが、海外依存率が上がるにつれて、動画職アニメーターの待遇は悪くなり、ついに90年代には生存可能ラインを割るに至った。「動画は、海外発注でいい」という事である。前回も書いたが、「動画職は、新人育成の為にだけ残してある。」という状態だ。



 動画職は要らないが、原画職アニメーターは絶対に必要だ。海外への原画発注も一部あるようだが、番組制作の根幹部分は国内に残しておく必要がある。よって、大量に入ってくる新人の中から、原画職が務まる才能のある人間だけが残ってくれればよいわけである。

一つの仮説


 ひょっとして、この、「新人アニメーター超低賃金」というのは、新人アニメーターの中で、才能のあるものだけを残す仕組みではないのか。

 前に書いたが、1970年代のレベルの賃金を出すとすると、動画単価は一枚500円、月収25万円にしなければならない。月収25万稼げるとなったら、どうなるか。 動画職しかできないアニメーターも、みんな辞めなくなる。各制作会社は、先々原画職に上がれる見込みのない動画職アニメーターを抱え込むので、新人を入れる所が無くなる。新人が入って来なくなると、新人の2-3割は居る、という原画職アニメーターになれる才能の持ち主が入ってこれなくなる。毎週百本の新作アニメを作らなければならないのである。動画は海外に出せても、原画は国内で描かないとならない。原画マンの不足は進む一方となる。また、動画職アニメーターの待遇を改善すると、他の職種の待遇も比例して改めなければならない。現在の制作費では、それだけの人件費は出せない。

 あくまで推定であるが、話の辻褄は合う。業界に必要なのは、業界を支える力のある才能のある人である。誰かが意図して作った仕組みとは思われないが、80年〜90年代に海外依存率が上がって国内に大量の動画職アニメーターを残す必要が無くなった。その上で業界に才能を持つ人だけを残す為に自然発生した「生態系」のようなもので、それで一応バランスがとれている為に、30年近くに渡ってアニメ業界は維持されて来たのではないか。本当なら、怖い話である。

 外部の人は、過去の状況を知らないから、今の状況だけを見て、「これはひどい、これは後10年もこの業界は持たない。」と思う。

 内部の人も、「これはひどい、なんとかしなければ」と思うが、先立つもの(お金)が無い上に、とりあえず今はなんとか回っているために、手を付けかねている。

 日本には、海外には無い、TVアニメというものがある。(海外にも無い事はないが、非常に量が少なく、かつクォリティが低いようだ。)このTVアニメあるがゆえに、日本の若いアニメファン世代にとって、アニメーターは憧れの職業となった。また現場では、大量の人手が必要である。この状況に応えるために、アニメ専門学校は大量の卒業生を業界に送り込んできた。また、この「アニメーター」という仕事は面白いのである。AERAの記事にも「この仕事は趣味と同じで、いくらやってもストレスがたまらない。」という当時の若手アニメーターの発言がある。食べられるのであれば、今みたいに大量の退職者は出ない。



もう一つの可能性


 何故、会社は、採用時に、将来原画職の上がれる見込みのある人間だけを採用しないのだろうか。前の記事では、普通のアニメプロは大手一般企業のような採用のノウハウを持たないため、とりあえず入れて、やらせてみて、優秀な人のみ残すしかないのだろう、と見ていた。

 それもあるだろうが、もう一つの可能性もある事に気付いた。「誰でもアニメーターになるだけならなれる」という今の状況である。高校に入って、出る。アニメ専門学校に入って、出る。そのまま、アニメ会社にも入れる。ここまではスーッと行ってしまう。だから、業界入りまで誰も目一杯やっていない。「そんな事はない、一生懸命やって来た」と言われるかもしれないが、中学・高校しっかり普通の絵を勉強していれば、アニメ業界に入ってこんなにバタバタする事もないはずだ。大体、どの位やればプロのアニメーターになれるかという目標がはっきりしていない。

 こういうものは目一杯やらないと才能がわからないから、本人にも会社にも才能が分からないのである。いわゆる「伸びしろ」があるかもしれない、という状態である。高校の時からきちんと美術部とか、絵画教室などで絵の猛勉強をするかしておけばよいのだろうが、ふつうにのんびりと好きなアニメキャラの落書きなどを書いて高校生活を過ごし、専門学校に行っても、普通に学校に通っているだけでは、プロとして通用する実力はつかない。ところが、人というのは若いうちは大なり小なり「伸びしろ」があるから、入れて会社でしごけば、中にはぐーんと伸びる奴がいるのではないか。それを見込んで多めに新人を取る。一定の割合で「当たり」が出て、使える奴が生き残る。

では、これで良いのか


 では、この「仕組み」に不具合はないのか。

 まず、アニメーターが「お金がないとなれない」職業になってしまった。専門学校2年間の学費200万円以上、さらに卒業後何年かは、親からの仕送りを受けるか、実家からの通勤で食費家賃のかからない状態にしないと、続かない。または「AERA」の記事にあるように、お金を貯めてから業界に入る必要がある。そして、みんな黙っているが、何年かお金をかけて頑張っても、食べて行けるアニメーターになれる保証はない。才能がなければ、ダメである。この「卒業して就職後も、数年間は生活の為のお金が必要」という点は、就職ガイドや専門学校の学校案内にははっきりとは書いていない。書きづらいのはわかるが、ここはきちんと最初に説明すべきである。書いていないから、お金がない人もそのまま就職しまい、入ってから食べて行けない事に気付くとすぐに離職せざるを得ない。

 音楽やスポーツでも、プロになろうとすればお金が要る。また、お金をかけて教育・訓練しても、才能がなければ、プロにはなれない。ただ、みんなそういう事はよく知っているから、誰も文句を言わないのである。

 また、怒濤のようにじゃんじゃん人を入れても、入るそばから短期間にどんどん辞めていく為に、才能の無い人だけでなく、アニメ業界が本当に必要とする才能のある人まで辞めてしまっているようだ。(2016年に書いた記事に、新人の2-3割は原画になれる、という現場の人の発言を紹介しているが、現実には1割しか残らない。)これでは、慢性的人手不足が解消しないのは当然だ。

 また、アニメーション業界を志す若い方達にはあまりにも理不尽な仕込みである。冗談ではない、そんな業界と分かっていたら、最初から誰が入るものか。
 最近の若手アニメーターの「才能のある奴から辞めて行く」という声がネット上に上がっている。才能のある人ではなく、「頭の良い人」から、この「仕組み」に気付いて辞めて行くのではないか。また、「この業界は一度つぶしてやり直した方がいい。」という声も上がっている。無理も無い。

 アニメーターは、芸術的技術者であるから、才能がなければプロのアニメーターにはなれない。これは仕方がない。しかし、今の状況はあまりにもひどい。この惨澹たる状況に解決策はあるのだろうか?



現実を見つめよう


 ひとつの提案である。

 関係者は、アニメ専門学校を出たらみんなアニメーターになれる、2年程は苦しいが、頑張って原画職に上がれば食べていける、という幻想をふりまくのはやめよう。
 なりたい人全員が、「食べて行けるアニメーター」はなれない。

 現在、アニメーターとしてアニメ業界に入るのは、一部の正社員として入る人を除き、基本的に「就職」ではなく、「起業」である。ほとんどのアニメーターは個人事業主なのだから。だから、アニメーターの収入は「給与」ではなく、「売上」である。一枚200円也で、動画職アニメーターは完成した動画を会社に売る。ここから経費を引いたものが利益だが、労働力集約型営業のアニメーターの場合は「仕入れ」というものがあまりないので、(会社への交通費位?)売り上げイコール利益に近い。しかし、「給与」の場合にある社会保険の会社負担などは基本的に無い事は、最初から知っておく必要があるだろう。(中には交通費を出す会社もあるそうだ)
 普通、起業というのは十分な社会経験と業界の知識を持った社会人が十分な準備と資金を集めてするものである。それでも、失敗する方が遥かに多い。社会経験のまったくない、職業スキルもほとんどない社会人一年生の新人にいきなり起業をさせて、よほどの事が無い限り成功する訳がない。
 よって、新人のアニメーターが「起業」する事はやめた方がよい。

「実習生」制度の提唱


 現在でも、一部のプロダクションでは、新人を「正社員」として採用している。そういう人・会社はいまのままでよい。アニメーターとしての才能をしっかり見極めて、固定給を支払っても大丈夫と見て採用しているのだから。それ以外の、現在個人事業主として業界に入ってくるような人については、個人事業主としての採用は止める。アニメーションの仕事で食べていけるスキルを身につけるまでの間は、収入がほとんど無い事を最初から明示して、「実習生」とか、「見習い」という名称の身分として、業界に入れるのである。

 今の現状をそのまま肯定するのか、という人もいるだろうが、「プロのアニメーター」になったのに収入が無い、のではなく、「プロをめざして勉強中」なので収入が無い、という事である。

 以前に、「1年間はほとんど収入はありませんが、無料で仕事を学べます。」という求人広告を出したアニメプロダクションがあって「なんと正直な」と話題となったが、その制度化である。

 また、将棋の奨励会みたいなものである。奨励会は、給料どころか入会金と月会費をとられるが、「将棋ブームを支える裏方・若手棋士の待遇の異常実態」などという話には一切ならない。アニメの方は、多少なりともお金は入ってくるのである。

 この制度を、一応「学校」と称する。

 この「学校」はアニメのプロダクションが併設してもいいし、複数のプロダクションと連携した独立の組織でも良い。本物のプロダクションの横か近くにあって、学費は安い。本物のプロダクションの中で机を並べると、本業の中に巻き込まれてしまうので、たとえ同じ建物の中でもでも必ず別室とする。一応多少の「授業料」は支払うので、誰でも気兼ねなく入学できる。事実上無試験で、明きがあればいつでも入れる。アニメ専門学校等の卒業生のみならず、普通の高校や大学からも、実習生にはなれる。

 「学校」の設置と合わせて、2015年に提案した「アニメーター検定試験」を、高校・大学在学中や、一般の方向けに実施する。受験料3万円位、業界団体で、収益事業としてやってはどうか。アニメ専門学校卒業生と違って、普通の方はアニメーターがどんなものか分からないので、いきなり「学校」に入るのは不安があるだろうから、アニメーター検定試験を受けてみて、「あ、俺、適性があるみたいじゃん」となったら、「学校」に通えばよい。「そんな事を全国的に一斉に立ち上げるのは大変だ」と言われるかもしれないが、最初は東京でだけ、受験生10名位から始めてもいいのである。受験志望者が全国に増えて来たら、徐々に地方会場も増やせば良い。赤字にならない程度に運営する事は可能だと思う。なにしろ、アニメーターは「憧れの職業」であるから。

 学校に入ると、アニメ専門学校の卒業生以外は、2週間位は坐学で「これがタップ、これがトレス台・・・」というような授業があって、その後はいきなり全員本物のアニメの動画の仕事を本当にやって、OJTで仕事の「勉強」をする。
 今は紙の作画じゃない、タブレット作画が主流だ、という会社も多い。そういう会社はタブレットでも「授業」する。
 「なんだ、ただのアニメ会社への入社ではないか」というだろうが、そうではなく、「学校」であるから、授業は午前9時から午後4時まで、休憩や昼休みもあって、土日は休みである。毎日10時間労働、月25日出勤ではない。アルバイトも出来るし、空いた時間に自由に絵の勉強もできる。遅刻早退全然OKである。もっとやりたい人は、自宅で「勉強」して動画を描くかもしれない。ただし文化祭や卒展は無い。昼間働いている人の為に、午後6時から9時位までの夜間部もあってもいいかもしれない。幸いな事に、アニメ会社の夜は遅い。
 そんな素人に本物の仕事をさせて、納品が間に合わなかったらどうするのか、という話だが、今の新人が入って来る時と同じ状態である。納期に余裕のある比較的簡単な仕事から始めて、徐々に腕が上がれば難しい仕事へ上げていけばいい。


 今でもアニメ専門学校で、プロの仕事をもらって来て生徒に授業としてやらせている所もある。大丈夫だ。
 この「学校」、「今は無料で入れるのに、金を取るのか。余計悪いではないか。」という批判もあるかと思う。しかし、いきなり正社員で取ってもらえるような才能のある方は、この学校を経由しなくてもいいのである。また、全部のブロダクションがこの制度を採用しなくてもいいわけで、従来通り、いきなり「個人事業主」として入れる会社もあるだろうから、そういう方が良い人はそっちを選べば良い。
 「そんな手間ひまをかける余裕は無い」と言われそうだが、その手間ひまがかかるから、学費を取るのである。一応試験をして入れる会社とは違って、無試験だから箸にも棒にもかからないような方も入れる(「えー、私絵は描けないんですけど」とか)ので、そのお世話もしないといけないし、常時人も付けないといけないので赤字にならない程度の学費は一応取らなければならない。
 ただし、文部省の定める学校ではなく、任意の私塾のようなものなので、運動場だの、一人当たりの校舎面積などの「設置基準」のようなものを守る必要はない。プロダクションと同じビルの一室を借りたりするだけなので、あまりお金はかからない、というか、あまりお金はかけない。
「授業」で描いた動画で、作品に使えるものには、当然一枚200円也のお金を払う。 個人事業主としての、売り上げの仕組みやら、税金の申告やら、「サラリーマンの給料とは違う」という話も、「授業」として行う。
 段々上手くなると、授業料より売り上げの方が多くなる。途中から「授業料」は免除にする学校もあるだろう。さらに上手くなると「進級」して原画クラスに入る。もっと上手くなると、「君、明日で卒業、会社の方に来ない?」となって、卒業である。
 人によっては、入学して即、「あ、君はもう学校はいいから」と、即日卒業になる場合もあるだろう。
 毎年4月になると、どーっと新入生が入ってくる。入りきれない人は、「順番待ち」になる。そのうち、「こりゃだめだ」とどんどん生徒は辞めて行くので、空いた所に順に入っていただく。翌年3月末になると、いっぱい居た生徒は卒業したり、あきらめて辞めたりして教室はガラガラになる。そして、4月になると、また新入生が入ってくる。
 2年位毎月授業料を払って学校に通っても、時々動画が採用になる位で、上手くならない人は、まわりの人がどんどん卒業・中退して行くのを見て、「こりゃだめだ」と、学校を辞めるだろう。仕方がない。本人も納得するだろう。「プロの作品の動画を描いた」という思い出も残る。自動車学校と同じで、自動車学校は授業料を払っても、一定期間内に免許が取れなければ、卒業できない。別に誰も文句を言わない。理容師や美容師の学校なども、卒業すれば一応仕事の出来るレベルまで教えてくれる。しかし、途中で挫折して退学する人もいる。別に誰も文句を言わない。
 いつまでもやりたい人は残ればいい。前にも書いたが、絵というのは、描けば描くほど、どんな人でも多少は上手くなる。いつかはプロになれるかもしれない。

 なにしろ一応授業料を取る「学校」なので、生徒の「売り上げ」が少なくても、「異常低賃金」という事にはならない。官公庁やマスコミから「この学校はなんだ」と言われたら、「アニメーション業界固有の特殊事情により、特化した学校でございまして・・・」と説明すればよい。納得するかどうかは分からないが。

 お金のない人も、働きながら「学校」に通う事ができる。若手芸人がバイトしながら1ステージ500円の舞台に出るのと同じである。今は、お金が足りなくてもバイトもできない。やってみて、「これはいける」と思ったら、アニメーションに専念すればいい。保護者も、「通学中」なのだから、収入が少なくても別に不思議には思うまい。
 高校球児も全員が甲子園に出れるわけではないし、プロになれるわけでもない。歌手志望の人も、お金を払ってレッスンを受けてもレコードデビューできる人は少ないし、デビューしてもCDが売れなければ収入は無い。

最後に


 いろいろ問題はあるが、今の、アニメーション専門学校を出れば、ほとんど誰でも憧れの職業である「アニメーター」に一応なれる、という仕組みは、それはそれでいい、とは思う。一応、夢は叶って、後は実力次第なのだから。2015年に書いた最初の文章で紹介した、業界関係者の「とりあえず、アニメーターになりたい人は全員なれる、という現在のシステムを止める、という事に疑問を感じる」という発言も、そういう背景もあるのだろう。

 しかし、アニメーターを目指す人は、自分がアニメーターに向いているかどうか、自分で冷静になってしっかりと判断するべきだろう。「絵の下手な人」「絵を描くのが遅い人」「アニメーションを作る事が楽しいと思えない人」は、アニメーターに向いていない。絵については、少なくとも、高校を卒業するくらいで「俺の絵はプロより上手い」と思えるくらいの人でないと、やめておいた方がいい。(紙に鉛筆で描いた絵は、スキャンしてペイントした絵よりも上手く見える。)専門学校や、会社に入ってから上手くなる人もいるだろうが、勝敗の決着の7割方は、高校卒業時点で既についている、と思う。絵が上手くても描くのが遅い人は、一枚絵で勝負する商売を考えた方がいいだろう。また、アニメーションを作る、とは、ちょっとずつ違った絵をコツコツコツコツコツコツ描いて、動きを創る仕事である。これを楽しいとは思えず、「なんでこんなに同じ絵を描かんといかんのだ」という方は、止めておいた方がいい。

  アニメーター志望者にとって、今の、業界の様子も、自分の適性もよく分からないままに、業界の入り口まですいーっと行けてしまう、という状況は困ったものである。「生き残れるのは、才能のある人で、かつ努力するごく少数の人だけ」。歌手やプロ野球選手であれば、この事は良く知られているし、雑誌やテレビ・ドラマやマンガなどでいろいろな情報が提供されているが、アニメーターについては、普通の人が相当時間をかけて調べても分からない。雑誌や「なるには」ガイド本などは通り一遍の事しか書いていないし、ネット上には目立ちたい一心で、昔の本や、一部の事実を元にしたいい加減で扇情的な記事が横行する一方、アニメ学校の広告の上にはバラ色の夢があふれていて、アニメーター志望者の目をくらませる。

 業界にとっても、「人はいっぱい来るけど、本当に才能のある人は少ないし、入れても入れてもどんどん辞めてしまう。新人を教えるだけで大変だ」という状態は改善すべきだと思うが、どうだろうか。

「また・アニメーター低賃金問題を考える・完結編」2019.1.14 に続く

参考記事「NEW BOOKS 「アニメビジネス完全ガイド」増田弘道著」2018.9.4

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