#3.歴史的背景〜同性愛者という他者A

 

 異性愛者中心の社会にあって、同性愛者はあくまでも「他者」であり続けてきた。それはまず、

1.HIV啓発活動の対象に同性愛者は排除されてきたことに見ることが出来るだろう。

献血時問診の記述変更も、あくまで異性愛者の防衛という観点からなされたため、ハイリスクと見なされたにもかかわらず男性同性愛者に対する啓発活動は行われて来なかった(本来、ハイリスクグループとは、予防活動を展開する際に重点的に介入すべきターゲットのことを意味するのであり、ただ危険だから排除すれば終わりということではないはずである)。そのことは1987年の塩川エイズ対策専門家会議委員長によるコメント、「一部の男性同性愛者だけではなく、ごく普通に生活している人たちにも危険が広がる恐れが出てきたからで、私たちも日本にとっての『エイズ元年』と深刻に受けとめている」に典型的に現れている。結局のところ、日本にとって男性同性愛者はあくまでも他者に過ぎなかったのだ。

2.従って、他者である同性愛者は同じ土俵の人間であるとは見なされず、あくまでも調査の対象でしかなかった。

それは日本におけるMSM(Men who have Sex with Men)概念に現れている。MSMとは、もともと同性愛者というアイデンティティがそもそも成立していない地域でのHIV予防啓発活動のために使われた、行為のみに注目する概念であったのだが、これが日本では同性愛者というアイデンティティを考慮しないで済ませるための理論的根拠になってしまったのだ。それは結果として見た時には、男性同性愛者との関係形成の可能性をあらかじめ絶ち切るものでしかなかった。男性同性愛者の実態調査は、インフォームド・コンセントを抜きにしたゲイサウナでコンドームなどの廃棄物を回収するという方法のみに限られ、インタヴューなど顔を合わせる方法を避けるという方向でのみ行われたのも、そうした前提から出発してのことだったと考えられる。(この傾向は96年まで続いた。その後の厚生省によるプロジェクトでは、研究グループにゲイ・コミュニティのメンバーを組み入れた形で行われている。そこで生じてくる問題点についてはここでは触れない)

 しかし、こうした傾向が、結果として男性同性愛者間でのHIV感染を食い止められなかった(あるいは食い止めようとしなかった)ことは、重く見られるべきだろう。現時点におけるまでHIV感染者は、男性に限るならば同性間性的接触による増大が多いということは統計上これまで繰り返し言われてきたことだった。そうであるならば、何故直ちに彼らを主要なターゲットとした啓発活動が厚生省によって行われてこなかったのか。むしろそう考える方が当然の発想ではないだろうか。
 だが彼らを健全な日本社会にとっての他者と見ていた傾向が、この発想を不可能にさせていたのだ。例えば現時点においてすら北海道に於けるHIV啓発用パンフレットはその全てが異性愛者をターゲットとしたものであり、男性同性愛者に有益な情報はほとんど無いと言って良く、またコンドームの取扱説明書には「適正な使用とは、男性のペニスにかぶせて女性の膣内に挿入し、性行為を行うことを指し、それ以外の用途に使用しても……エイズを含む他の多くの性行為感染症の予防には役に立ちません」と書かれて訂正もされていないのだ。(なお、最近になって、東京都から、都内のゲイ/レズビアン団体やHIV団体の協力のもと、ゲイをターゲットにした啓発用パンフレットが発行されたことをここに付け加えておきたい)

 また、男性同性愛者を他者と見る見方は、HIVの予防啓発活動の方法を著しく狭めている。それはコンドームを配るとか、感染の恐怖を煽るとかしかなくなってしまう。そしてその手法が有効ではないことは、もはやこれまでの統計的調査から明らかであると考えられる。
 忘れてはいけないことは、人がセーファーセックスをするのは、コンドームが手にはいるかどうか、あるいは情報をもっているかどうかといった単純な要因だけによるものではないということだ。男性同性愛者がセーファーセックスを行うには、自尊心を高めることによって肯定的なアイデンティティを構築し、そのことによって自らにとって必要な情報を取捨選択するとともに、相手とのコミュニケーション能力を身につけることが必要であると現在では考えられている。(男性同性愛者の感染が多いという現実は、同性愛者達が自己を肯定し尊重することが出来ない社会に生きていることの反映なのだとも言えるだろう。)言い換えるなら、男性同性愛者に対する予防啓発活動とは、何よりもまず社会に流布している同性愛嫌悪的な風潮を是正することから始められるべきなのだ。
 これらの対応を厚生省がこれまで組織的・意図的に怠ってきたということ、それがHIV感染を拡大させてきたのだ。ならば、これは厚生省が組織的に行った血液行政における人権侵害、すなわち薬害エイズ問題と同様の注目が与えられて然るべきではないだろうか。献血問診票問題とは、こうした歴史の中での一つの表れである。しかしこのもう一つの人権侵害は、気づかれもせず現時点においてもなお続いているのだ。

 


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