#3.歴史的背景〜同性愛者という他者@

 

 献血の際に為される問診の第14項目は、無根拠に特定の人々をハイリスク・グループとして同定している。それは、単にこれらの人々を理由なく献血から排除しているというだけではなく、これらの人々をHIV感染率が高い危険な集団だとする誤解や偏見を強めるという社会的な意味合いもある。献血時問診票問題とは、日本赤十字社というかなり公的意味合いが強い組織や、それを裏で支える厚生省が、誤解や偏見を一般社会に振り撒き、市民の間にこれらの人々に対する差別を強化させているという人権侵害を、公然と行っているということが本質といえる。
 それはしかし、実のところ問診票の記述だけに限られない歴史的広がりを持った問題でもある。そのことを理解するために、HIVと同性愛者差別に関わる歴史の概略を振りかえっておきたい。以下はほぼ、風間孝による整理に沿ったものである(「表象/アイデンティティ/抵抗〜疫学研究におけるエイズとゲイ男性〜」『実践するセクシュアリティ』p.238-258、及び、「エイズのゲイ化と同性愛者たちの政治化」『現代思想』レズビアン/ゲイ・スタディーズ特集1997-5.vol.25-6.p.405-421)。

 1985年3月22日に、日本でのいわゆるAIDS第一号患者が厚生省から発表された。公式には、ここから日本のHIVの歴史が始まることになる。
 だが、1983年7月5日には帝京大で血友病患者が死亡し「エイズ日本上陸」と報道されていたし、1984年には厚生省の輸血後感染症研究班で日本人血友病患者22名中4例の感染が報告されていた。そうしたケースが存在していたにもかかわらず、この時点ではマスコミには公表しないとの方針を立て、厚生省は意図的に外国(この場合はアメリカ)在住の男性同性愛者を選んで第一号患者と認定したのだった。(なお、彼は日本に一時帰国中に受診したのである)
 血友病患者が感染していることが既に知られていたにもかかわらず、アメリカ在住の男性同性愛者を選んで発表したのは、エイズが海外から日本に運ばれて来た病でありゲイの病であるという印象操作を行うことで、多大なHIV感染を生み出した厚生省の血液行政の失敗(後に薬害エイズと呼ばれる)を隠蔽するためであったと言えるだろう。そのことは、

  1. 外国から入ってきた病であるというイメージにより、HIV感染の不安を国外に放逐し、HIV対策を「国家の防衛」という名の下に遂行させるナショナリズムを形成した。
  2. と同時に、健全な異性愛者ではない同性愛者というカテゴリーにHIVの不安を押し付けることで、HIV感染の不安を同性愛者との接触の不安にすり替えさせた。

 しかし、これは日本にもともと、種々のマイノリティから、「異性愛」であり「健康」な「国民」であるマジョリティを防衛すべきであるとする風潮があったからこそ可能なことだったのだ。いわば厚生省のHIV施策は、こうしたマジョリティの不安をマイノリティに投影させて外部へと放逐することで解消させようとしたものだったと言って良い。それがその後の疫学調査という裏付けを要請したのだと考えられる。その結果として男性同性愛者、特に外国人パートナーを持つ者をターゲットにした疫学調査が組まれ、厚生省の通達により1985年10月23日に同性愛者の献血拒否が始められたのである。(外国人との接触と、男性同性愛者を危険因子と見るこの傾向は、その後も継続している。)

 献血の際の問診はその後どうなったのか。1993年に一度男性同性愛者・両性愛者という表記が削除されるという変更が為されたが、95年にはPL法施行とともに再び「同性と性的接触をもった」人の献血を拒否し始め、それが現在まで継続しているのだ。
 この変更の根拠とされているのは1995年の厚生省血液問題検討会の報告書と一般には説明されている。しかし、この報告書の本文中には「1年以内に不特定のものと性的接触のあったもの」という記述があるだけである。確かにこの報告書の末尾につけられた問診票の例には異性間性的接触と同性間性的接触に差がつけられた記述が載せられているが、その差を説明し得る根拠は何処にも載せられていない。従ってこの改訂には実は根拠は無いと考えて良い。ということはこの改訂は、少なくとも同性間性的接触それ自体が感染の原因であるとする前提がない限り、理解できないものだろう。(この問診項目がもたらすであろう様々な危険性は既に述べた)
 更にその変更の社会的背景も考えてみたい。当初同性愛者のHIV感染者が多いとされていたときには、異性愛者はHIVの不安を転移するため男性同性愛者をハイリスク・グループとして囲い込み、共同体からの排除が目論まれていた。だが異性間性的接触による感染者が91年から92年にかけて急増するともはや同性愛者だけの病気ではないからと、一般向け=異性愛者向けの予防啓発活動が盛んになり、問診項目も変更されたのだ。だが92年以降、異性間感染が減少傾向を示し、同性間感染が急増傾向を示すようになると再び問診項目を変更し、排除するようになったのである。
 こうして見ていくと、問診項目は、異性愛者中心に書き換えられてきたことが理解できるだろう。血液行政にとって、同性愛者はあくまでも「他者」に過ぎなかったのだ。

 


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