#1.イントロダクション〜僕にとっての献血問題A

 

 献血の際にとられる問診票の質問第14項目、あれってやっぱりおかしいよ。……そう感じた人達は、実は僕の知らないところでアクションを起こしていた。ジョイント・ステートメント・プロジェクトという名のそのアクションは、札幌ミーティングと動くゲイとレズビアンの会(アカー)が呼びかけ団体となって、全国のセクシュアルマイノリティ団体が連携して出来あがった、レズビアン&ゲイ・リベレーションとしては日本で初の全国的な運動だった。
 ジョイント・ステートメント・プロジェクトとして、今までにパンフレットが3号まで発行されている。その第一号の冒頭に書かれた次の文章はおそらく、この運動に参加した人達の気持ちを、適確に代弁していた。少なくとも僕はこの文章を初めて読んだ時、形にならないままにもやもやと頭の中をくすぶっていた僕の想いが、はっきりとした輪郭を持った形に纏まっていくように感じ、息も出来ないほど興奮した。(『「決まりだから」って何だろう。』竹村勝行:札幌ミーティング

 僕がまだ名古屋に住んでいた時、栄に行ったら献血車がとまっていた。「血液が不足しています!」のオジサンの大きな声に、ヒマな僕はふらっと立ち寄った。「問診票書いてください」そう言われて書いていくと、「同性と性的接触があった方」をチェックするところがあった。僕はその時、彼氏がいたから、もちろんこれは「はい」だった。でも、まだそのころの僕は「自分はゲイだ」と人には言えないドカクレの「ホモ」だったから、ウソをついて「いいえ」に○した。
 でも、採血されながら、何だかとても、とても嫌な気持ちになったので、終わってから問診票を書くところに行って「僕、エイズ関係のボランティアをしているんですけど」とまたウソをついて「これでは同性愛者の方々は献血できないのではないか」とまるで他人事のように担当者に言った。「エイズの危険があるから」などといろいろ僕に言ったが、僕もセーファーセックスについていろいろ担当者に言った(他人事だからなんとでも言える)。そしたら最後に担当者が言った言葉がこれだった。
 「決まりだから」
 「決まりだから」ってなんだろう。そんな僕が僕たちが知らないところで決まった「決まり」なんて僕は知らない。それに、「同性愛者=エイズだから排除しろ」なんてそんな不条理な「決まり」なんて、納得できない。……と、今の僕ならそう思う。でも、当時の僕は、その言葉にあきらめて黙って帰ってしまった。「ホモだから仕方ないか」と思いながら。
 でも、今の僕は蔑まれる「ホモ」じゃなくて、自信を持って生きる「ゲイ」だ。なんだかよくわからない「決まり」で排除されるような軽い人間じゃない。
 だから、「決まり」は僕たちで作る。僕らの「決まり」はそんな捨てゼリフのように言うもんじゃない。論理的で真実に裏打ちされた、説得力のある「決まり」。そんな「決まり」を、みんなで作っていきたいと思う。

 「決まりだから」って、何だろう。……その一言が言えるようになるまでに、どれだけ長い長い時間が必要であるか。それは、同性愛者が「ホモ」として蔑まれ抑圧されるこうした社会環境の中で、知らず知らずのうちに内面化してしまったホモフォビア(同性愛嫌悪)を打ち破るために格闘し、苦痛の只中から「ゲイ」として人間としての誇りを獲得していく道のりを歩いてきた人なら誰でも、感じられるはずだ。この言葉には、それだけの想いが、語り切ることなど到底出来ないほどの歴史が、込められている。
 問診票について考え出したあの頃、僕はまだ一人ぼっちだったけれど、その後僕はたくさんの同性愛者の仲間と出会った。そうした仲間たちに支えられて、今の僕がいるのだと思う。そんな僕が、あの問診項目を見る度に思い出すのは、彼らと交わした言葉や、彼らの笑顔、そこで共有した時間だった。最初の頃は、質問項目の短い文面が、そうした記憶を押し流し、切り刻んでいくかのような気がした。彼らによって作り上げられてきた自分、それがまるで跡形もなく消し去られ、かつての一人ぼっちな自分だけが残されてしまったかのような感触が走った。それが、辛かった。
 「決まりだから」って、何だろう。僕がそう言えるようになるまでには、そうした辛さを何度も潜り抜けねばならなかった。時間が、必要だった。ある時はそこから自分を振り払うかのように、ある時はかつての自分を癒すかのように、僕は仲間の中に身を浸しつづけた。そうした彼らの間で、僕は少しずつだけれど、「ゲイ」であることの誇りを持てるようになっていったのだと思う。

 今年の2月初め、僕は駅前の献血ルームに行ってみた。まだ問診票は、僕が初めて見たあの時のまま、まるで変わっていなかった。第14項目を見た時、これまでの自分の記憶が再び走馬灯のように脳裏を駆け抜けた。……はじめてこの問診票を見た時、僕は孤立していたけれど、今の僕は違う。仲間もいる、いつも僕のことを見つめてくれる恋人もいる。もう、怖くないんだ。
 あの時と違って僕は、第14項目に「はい」と印をつけた。案の定、診察時に医者の方から献血を断る旨の説明をされた。そう、問題は変わらずに僕の目の前に広がっていた。ただ変わったのは、この二年間の間に僕が、「決まりだから」という言葉に心の中では抵抗できるようになったことだった。

 


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