カミングアウトについて語る時に、もっとも犯しやすい誤解は、カミングアウトを個人の選択の問題だと考えるものである。それはおそらく第一には、そうした認識を支えるより根底的な状況把握の失敗に基づいている。具体的には、@この社会でゲイが直面させられている権力的非対称性と、その結果として生ずるA個人としてのゲイが持ちうるプライヴェート領域が置かれている歪みが、それである。だが第二には、ゲイコミュニティにおいて@カミングアウトに対して与えられる様々な価値判断と、その価値判断に由来するAカミングアウトするかしないかの決定における心理的負荷が、その誤解を誘発しているとも言えよう。順に考えていくことにしよう。
まず、カミングアウトが個人の選択などではないことを確認したい。ところで、ある行為が個人の選択と呼ばれるとき、それは次のような事柄を含意している。@その行為は主体の自由な意思の下で行われ、かつAその行為がもたらす結果についてその主体は責任を持つ、ということがそれである。ここで、主体の自由な意思の下で、というのは、@その決定に際して本人が充分情報を理解し、A強制がない状況において判断することを意味する。更に、ここで言う強制がないというのは、@その時点に於ける明白な強制行為だけではなく、Aその場に存在する様々な要因において発生し得る心理的脅迫、そしてBたとえその場にそれらがないとしてもそれまで受けてきた心理的圧迫による影響など、これら全てが存在しないということである。ゲイが周囲の人間にカミングアウトする時に、これらの条件を全て満たしている場合、そしてその時に限りその行為は「個人の選択」と呼びうる。
だが一般的に言って、カミングアウトは主体の自由な意思の下で行われているわけではない。というのは、カミングアウトするかしないかという選択において、@その時点における明白な強制行為もあり得るかもしれないし、Aゲイに対する否定的な雰囲気の只中で育つということはゲイに対する否定的観念の刷り込みが生じ得てカミングアウトを困難にさせるだろうし、かつBカミングアウトの結果本人やその身近な人間に対するバッシングが起こり得るという情報は充分な心理的圧迫になり得、これが長期に渡って本人の選択に影響を与えることは想像に難くない。したがってカミングアウトしないという選択は、周囲から強制されたものであるといえる。またその一方でカミングアウトするという選択もまた同様に、カミングアウトしないことによって被らねばならない不利益の存在故に、周囲から強制されたものであるといえるだろう。
ここで、次のような反論があるかもしれない。即ち、行為における周囲からの強制はあらゆる行為に付随する条件である以上、カミングアウトだけ特別扱いすることは根拠がない、と。だが、これについては再反論が出来る。つまり、ゲイであるということのカミングアウトは、ゲイでなければ為されようがないので、それ自体は共同体構成員全てが均一に関わる問題ではない。ところでゲイであることそれ自体はその個人の責任ではない。従って、ゲイがそのカミングアウトについてなんらかの強制や、責任が要請されるとしたらそれは明らかに共同体内部において平等性を欠くことになる。つまりそこには権力的非対称性、短く言えば、差別があるということだ。差別は一般に認められない以上、ゲイがカミングアウトに対して何らかの責任が求められる状況も認められない。そしてまた、ゲイに対する差別は、ゲイが起こしたものではない以上、その解決の責任はゲイに掛かってくるものではありえない。纏めると、ゲイに対する差別、その一端としてのカミングアウトに対する周囲の強制力は、ゲイのみではなく共同体成員にその撤廃の義務が求められる。
いずれにせよカミングアウトは個人の選択などではない。カミングアウトに関連する責任は、ゲイに対する差別に基づく、ゲイのみが不当にも強制されるものだ。これが、権力の非対称と呼ばれる構造である。ゲイとそれ以外では、カミングアウトについて明らかに異なった立場に置かれている以上、その点を抜きにして議論をすることは出来ない。例えば、カミングアウトが周囲の人間に迷惑を掛けるといった立論をする人を多く見かけるが、一般論としてこうした視点で論を立てるのは権力の非対称構造を全く無視しているため、単純に誤りである。
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