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大阪梅田からバスで約4時間
5月23日、今秋、大阪市立美術館で開催される特別展、円山応挙の記者発表会と応挙寺で有名な大乗寺の見学会に参加した。観光バス2台に主催者、新聞、放送、出版等の報道・美術関係者約60名を乗せ大乗寺に向かった。車中、清島英治同館副館長による主催者の挨拶、学芸員の説明に引き続き、同展監修者の佐々木丞平(京都大学教授)・佐々木正子(日本画家・京都造形芸術大学客員教授))ご夫妻の応挙研究の一端の解説があった。
新緑眩しい中、バスは日本海に近い山陰・香住
(かすみ)町まで4時間の道程、途中、田植えや、田んぼに青鷺や白鷺が野球場の面積ぐらいの所に1羽ずついたことと、道路の周辺の土手に草花が色とりどりに咲いていたのが印象的だった。
また、今回のような車中での記者発表、現地見学会も美術館として初めてのことで学芸員も広報担当の方もえらく気合いが入っていた。
大乗寺の正面玄関 円山応挙像が正座して迎えてくれる。
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円山応挙は近代日本画を始めた。
円山応挙(1733〜95年)は、江戸時代のなかばに活躍した絵師で、新たな「写生」の概念を確立し、わが国の従来の絵画観を一変させました。
現代にいたるまで日本絵画に大きな影響を与えて、竹内栖鳳
(たけうちせいほう)や上村松園にいたる京都画壇はもとより、近代日本画の系譜は応挙の示した絵画観を抜きにしては考えられません。
松に孔雀図(B)(A)[孔雀の間](3カ所クリックで拡大)

仏間の十一面観世音菩薩

応挙とその一門による立体曼荼羅
亀居山大乗寺は応挙寺と呼ばれ、江戸中期建築の客殿十三室には、円山応挙とその門弟十二名の筆になる障壁画、百六十五面があり、すべて国の重要文化財に指定されています。
障壁画は、仏間の十一面観世音菩薩(国重文)を中心に十三の部屋を荘厳し、部屋という空間に仏の世界(曼荼羅)を立体的に具現しています。
(資料:大乗寺案内冊子)
これらの障壁画は8年の歳月を掛けて完成されましたが応挙はその後、亡くなり絶筆となりました。
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松に孔雀図(C)(B)[孔雀の間](2カ所クリックで拡大)
様式美を追いかけていた画壇に
写生という新風をそそぎこんだ。
上の[老松孔雀図]は応挙の晩年の大作で、応挙の構成主義的な感覚を遺憾なく発揮しており、完成された応挙様式を見ることができる。(資料:大乗寺案内冊子)
仏間左手の襖4面に墨で描かれた松は、光の加減で枝が赤茶に葉が濃い緑に見える。

いみじけれ みろくの世まで ほろぶなき 古き巨匠の 丹青のあと  与謝野晶子
中学の担任は美術の先生でもあったが私の人生の岐路でデザインの道を進む上で大きく影響を与えた。京都美術学校(現京都市立芸術大学)出身で師範学校(現大阪教育大学)も出られた(親が教育にはお金を掛けてくれた、また授業参観で「乞食と教師は三日やったらやめられない」と話してられたことが忘れられない。)方であったので、横山大観や日本画の話をよく美術の授業中にされていた。応挙が鯉を描くのに写生をしたことや、鱗の数が決まっていること、幽霊の絵の話、また学生時代は写生をするために民家の便所掃除をして、代わりにその家の庭にある花や鳥を描かせてもらったと話されていた。今なら、動・植物園でデッサンや写真を撮るところだ。日本画には光琳模様や青海波等のパターン化された模様があることなど黒板に上手に描かれていた。
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