#3.1.ジェンダーについて@

 

#0.

 「ジェンダーとは何か?」……僕は、この基本的と見なされている問い掛けから始めたいと思います。というのも、ジェンダーを巡る議論の多くは、「ジェンダーとは何か」というこの問い掛けを、真摯に考え抜いてはいないように僕には見えるからです。
 現代において、ジェンダーを巡る議論というのは時代の要請と言っても良いのかもしれません。それほどまでに広範囲かつ多彩な話題が、急激に議題に上るようになっています。例えば、婚姻制度、出産や育児を巡る議論、セクシュアル・ハラスメント、ドメスティック・ヴァイオレンス、ポルノグラフィ、性別再判定手術、性的指向に基づくバッシングなどなど。それら全てが、ジェンダーという単一の因子のみをその内に含んでいるとは言えないまでも、主要なテーマとしていることは疑いようがありません。
 これらが今まで等閑にされていた、と言うつもりは全くありません。僕自身フェミニズムやレズビアン&ゲイ・リベレーションなしにはこれらを問題と感じることさえ出来なかったに違いなく、彼らの運動が持つ意義は極めて大きいし、それが過小評価されることを何よりも拒否したいと考えています。だが、これらは複数の領域に波紋を広げる巨大な問題でもあった。それゆえ、多彩な議論が為された反面、これらがジェンダーという単一の問題領域を巡る問題であるという側面が、あまり強調されなかったように思われるのです。そのことは、少なからぬ混乱を招いているように見えます。
 僕はここで、始めに掲げた基本的にして大掛かりな問いから始めます。「ジェンダーとは何か?」、と。そして今日はその問いの周りを旋回し続けたい。それは古臭いとも思い上がった態度とも見えるでしょうが、現時点において僕にはこれがもっとも批評的態度だと思うのです。

 

#1.

 ジェンダーとは何か? これについて短く答えるなら、ある表象を男性か女性かという、性に振り分けるシステムであると言えるでしょう。
 このように僕が述べた時、おそらく次のような反論がすぐにでも飛んでくることでしょう。ジェンダーとは、社会的に決められた性役割のことではないのか? それは生物学的性差であるセックスや、性的欲望のシステムであるセクシュアリティとの対比の内に語られる概念ではないのか? ……確かに、一般向けの社会学のテキストや、医学部で使用されているようなテキスト、あるいはNPOなどで作成しているパンフレットなどには、そう書かれているかもしれませんね。
 だが、僕はここで敢えて、それは違うと主張したいと思っているのです。そうした概念では、現状を全く分析できない。セックス/ジェンダー/セクシュアリティという三つの領域が存在するわけではないし、そう考えることは現在生じているいくつかの問題について、介入することを困難にしてしまいます。上で僕が掲げた概念は、こうした問題点を解消するために、如何しても必要なものなのです。
 では、ある表象を男性か女性かという、どちらかの性に振り分けるとは、具体的にはどういうことでしょう? ジェンダーとは社会的な行動のレベルの用語だと考えている方もたくさんいらっしゃると思うので、まずはその領域で例を挙げてみましょう。
 例えば、「スカート」を見たときに、あなたはそれを男性が持つものと感じるか、女性が持つものと感じるか、どちらでしょう? たぶん、多くの人は女性が持つものと感じたでしょうね。スカートをはいている人は女性である、と感じた人もいたかもしれません。
 では、「化粧する」、「リーダーシップ」、「こまやかな心配り」、「喧嘩に強い」、それぞれ、男性が持つものか、女性が持つものか、どちらだと感じましたか? おそらく多くの人は、順に、女性・男性・女性・男性と、感じられたのではないでしょうか。
 こうした区分に、根拠などありません。リベラルな思想の持ち主であれば、僕が上のように言った時、すぐにでもこう言いたかったでしょう。「そんなの、どちらとも言えるよ」、と。化粧をする男性もいるでしょう。喧嘩が強い女性もいるでしょう。何故どちらかに決める必要があるのか?……その通りなのです、どちらとも言える、何故ならそのように男性か女性か振り分けることには、確固たる根拠などないのだから。だが、根拠がないにもかかわらず、割合はどうあれ多くの人は、こうした表象に対して、その表象という断片のみをもって、男性的か女性的かという判断をしてしまう。これがジェンダーというシステムです。
 一般に人は表象を二項対立によって捉えると言われています。つまり、ある表象を男性的と捉えたら、それに対立する表象を女性的と捉える。そのことを踏まえると以上のことは、次のような表として纏めることが出来る。 

<男性的>

<女性的>

豪快

繊細

強い

かわいい・美しい

化粧しない

化粧する

成功する

陰で支える

統率力がある

奉仕する

スカートをはかない

スカートをはく

守ることができる

妊娠・出産をする

 こうした振り分けを、ジェンダーと呼ぶわけですが、その特徴をもう一度整理しましょう。@先ほど根拠が問われた時に答えに窮するが、にもかかわらずそうだと言える、というように、ジェンダーというのはきわめて感覚的・無意識的なレヴェルで作動するシステムだということがひとつ言えるでしょう。Aそれからもうひとつ、ジェンダーというシステムは表象ごとに作動する、ということも理解できると思います。我々は街を歩くだけで、数多くの表象がひっきりなしに目に飛び込んでくることが体験できると思いますが、それら表象は断片として、その断片ごとに我々はどちらの性に属するものか無意識的に判断してしまうのです。

 ところで、このようにある表象を男性が持つものか女性が持つものか、男性的か女性的か割り振ることは、別に社会的な行動のレベルに留まらない。それ以外の表象にも、全く同じことを我々は無意識的にしているのではないか、と思います。
 例えば体格について考えてみましょう。「背の高い」、「筋骨隆々としている」、「腕や足が太い」、これらを我々は「男性的」と判断するのではないでしょうか? 「体の線が細い」、「胸が大きい」、「丸みのある」、これらを我々は「女性的」と判断するのではないでしょうか? これらは、先ほど考えた振り分けと、何が異なっているでしょうか?
 また別の例で、性的行動についても考えてみましょう。性的行動において、「受動的」であることはどうでしょうか? 「挿入する」のは? セックスの相手についてはどうでしょうか、男性とセックスすることについてはどう感じますか? これらはそれぞれ、「女性的」、「男性的」、「女性的」と感じたのではないでしょうか?
 このような、身体的二次性徴とされている様々な表象や、性的行動とされている表象は、それぞれ単独で男性的か女性的か、我々は判断し得るのです。というか、そう感じてしまうと言った方が正確かもしれません。判断対象となる表象が属している領域は確かに異なるでしょうが、行っていることは同じと考えられます。従って敢えてこれらに別の名を与える必要はない。ジェンダーというシステムと名付ければそれで充分だと思われます。
 ここからもう一歩考えを進めてみましょう。表象を断片として、その断片のみで男性的か女性的か判断することをもってジェンダーというシステムと呼ぶのだとすれば、身体的一次性徴もまた、同じようにジェンダーと呼んでいいことになるでしょう。例えば我々はペニスひとつをもって、それを男性的と判断しうるのだし、また、子宮の存在だけをもって、あるいはヴァギナの存在だけをもって、女性的と判断するのです。一次性徴もまた、ジェンダーだと言えるのならば、ジェンダーとは平たく言って、「性別」のことなのです。
 上で述べたことを整理して表にすれば、次のようになるでしょう。これらの二項対立への振り分けを、ジェンダーと呼ぶわけです。

 

男性的

女性的

身体的一次性徴レベル

ペニスや精巣の存在

ヴァギナや子宮・卵巣の存在

身体的二次性徴レベル

おっぱい=乳房発達がない

おっぱい=乳房発達がある

筋肉が発達してがっしりしている

体つきが丸みをおびている

声が低い

声が高い

背が高い

背が低い

腋毛・スネ毛を生やしている

毛深くない

ひげが生えている

ひげが生えない

期待される社会行動

豪快

繊細

強い

かわいい・美しい

化粧しない

化粧する

成功する

陰で支える

統率力がある

奉仕する

スカートをはかない

スカートをはく

守ることができる

妊娠・出産をする

期待される性的行動

挿入する

挿入される

能動的

受動的

まなざす

まなざされる

セックスに積極的

セックスに消極的

守る・イカせる

守られる・イカせてもらう

女性とセックスをする

男性とセックスをする

 さて、こうして眺めてみると、ジェンダーというのは大変広範囲にわたるシステムであるということが理解できるのではないかと思います。必ずしも行動パターンのみに限定される概念ではなく、一次性徴のレベルでも、二次性徴のレベルでも、また性的行動のレベルでも作動する、極めて広範囲な概念として統一的に理解出来ます。そして、そう捉えておかないと、現在生じているいくつかの問題を捉え損ねるのです。

 


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