#3.3.ジェンダーについてB

 

 通常のジェンダーを巡る議論とずいぶん趣が違うなと感じられたかもしれません。確かにこのようなジェンダー概念から始める人はむしろ少ないと思います。ただし、強調したいのはそうした通常のジェンダーを巡る議論、例えば性をセックス/ジェンダー/セクシュアリティという3つの領域に単純に分けて論じるような議論が、新たな混乱とセクシュアル・マイノリティに対する抑圧を生んでいるということなのです。この場合であれば、こうした論法からそのまま生物学的性差=セックスが社会行動的性差=ジェンダーを形成し、それがまた性的欲望=セクシュアリティを生み出しているのだという単線的な理解が生じかねないし、また現にそう説明している人も多いのですが、それは現状を全く理解していないと言わねばならないし、単に今ある常識的な見方を反復しているだけで、結局は極めて保守的な結論を必然的に呼び寄せるのみなのです。ここからはセクシュアル・マイノリティたちは、原則から外れた単におかしな人、下手をすれば病気ということにされてしまう。
 あるいは他にも例を挙げるなら、セクシュアル・オリエンテーションとか、ジェンダー・アイデンティティといった概念は確かに一面ではセクシュアル・マイノリティの現状をよく分析して見せたし、その土台なくしては僕もこうしてジェンダーについて検討など出来ないのですが、にもかかわらず現時点から振り返って冷静に評価した時、こうした概念は不当な、あるいは少なくとも不適切な前提に基づいていると言わねばなりません。ジェンダー研究者がよく使っている用語であっても、慎重に検討せずに使っている場合には、それが新たな抑圧を生む可能性は多いにあるし、かつてから引き摺っている偏った判断から逃れることは難しい。
 こうした理論的な話題は、精密に積み上げようとすればいくらでも出来るし、それはそれで興味深いとは思うのですが、ジェンダーに関する理論書に日頃親しんでいない人にとってはほとんど無益だし、したがってここではこれ以上の検討は避けようと思います。ただ、個別的な事例に移る前に二つほど付け加えておきたいことがあります。
 どうしてもセックスとジェンダーを対比的に捉える人が多いためか、セックスを生物学的な所与のもの、ジェンダーを社会・環境によって作られたもの、それゆえセックスに属する領域は可変性がないがジェンダーは可変的だ、そう考える人が少なくないようです。だが、これは単純に誤り、もし誤りと言うと言い過ぎならば、すくなくともより慎重な議論が必要です。現代において生物学的なものでも可変的なものなどいくらでもあるし、逆に社会的後天的に形成されてきたものでもほとんど可変性のないものもある。自然は第二の習慣であると同時に、習慣もまた第二の自然なのです。
 また、仮にジェンダーが可変的であったとしても、そこから何らかの価値判断を伴う結論を導くことは誤りです。ここも誤解が多いようなので強調しておきたいのですが、ある事実だけを基にして当為を語ることは出来ません。例えば現時点で婚姻制度が一組の男女間のみに認められているからと言って、今後も婚姻制度は一組の男女間のみに認められるべきだとは、単純には結論できないはずです。もちろんその逆に、様々な婚姻制度が世界的にはありうるという事実をもって、婚姻制度の多様性を図るべきだという結論も、おそらくは誰もが賛成するものではないでしょう。ある現象が可変的なものであるという事実は、その状況を変えなければならないという当為を結論しないのだということ、このことを忘れると時に事実と当為を短絡的に結びつけることになりかねないので、充分慎重になるべきだと思います。

 

#3.

 ジェンダーというシステムは共同体の成員のカテゴリー化に関わっており、共同体内部の安定化のためにはそれは確認され続けなければならない。このように僕は上で指摘しました。では、そのことは具体的にはどのように遂行され、それはどのような現象に結びついているのかについて考えていきたいと思います。抽象的な話ばかりが続いて、段々頭も疲れて来た頃だと思いますので、多少具体的な話題から始めましょう。
 レイプやドメスティック・ヴァイオレンスなど、女性に対する男性の暴力は、かつては男性という性によって宿命づけられた攻撃性故に生じるのだと考えられていました。だが近年の研究はそれとは全く違ったことを示唆しています。こうした男性が振るう暴力というのは、社会的弱者の立場にある男性が、自分の攻撃性をさらに弱い相手に向けて発動する行為だということがわかってきています。そしてこの攻撃を起こす衝動というのはその男性の感情表現能力の未熟さに原因が求められていますし、それを向ける対象の選択はその男性自身が持っている性別役割意識が非常に強く反映された結果であると考えられています。つまり、こうした暴力は、その男性自身の脆弱性と関連付けられて論じられるようになってきているのです。
 ということは、これらに対する対策は被害者の女性に向けられたものだけではどうしても不充分だということが判ります。暴力行為を犯した男性は、単純にその時の気分で行ったわけではなくて、それなりの個人的背景があって行ったのであり、その解決なしには再び同じ犯罪が繰り返されることは明らかになってきたからです。ここから暴力を振るう男性たちの意識向上プログラムが組まれる必要が生じたのです。そうした男性たちの自助グループでは上に述べたような背景を意識して、感情表現をより豊かにするためのプログラムが組まれていますし、強固な性別役割意識を緩やかなものにしていくための実践も組み込まれています。無論これらは異なる二つの領域ではなく、感情表現を抑えこまなければならないということ自体が性別役割意識の反映でもあり、それらを総合して考えるとジェンダーというシステムはレイプやドメスティック・ヴァイオレンスという現象を生み出しているとも言えるでしょう。
 ところでこうした女性に対する男性の暴力と極めてよく似た現象があります。それはゲイ・バッシングです。このゲイ・バッシングについても近年ようやく研究が為されるようになってきたようです。ゲイ・バッシングとは、行為者に「ゲイに対する差別意識」が存在し、その意識と行為とが密接に関係しているという点がポイントとなります。これには殺人や暴力行為、強盗、私物破損、レイプ、恐喝など明白な犯罪から、言葉による嫌がらせなどまで含まれます。このゲイ・バッシングの中でも特に明白な犯罪行為の場合をヘイト・クライムと呼ぶ場合もありますが、この言葉も多くの場合ゲイ・バッシングと同義に使われています。
 近年特にゲイに対する暴力事件が話題になっていますが、こうした犯罪を犯す犯人像・犯行パターンにも一定の傾向があると言われます。圧倒的に犯人は若い男性であり、しかも何度も同じ犯行を繰り返すものが多く、犯行を重ねるごとに犯罪の内容が凶悪化する傾向があります。また、犯行はしばしば複数で行われます。
 この犯行の動機については、次のような社会的要因が指摘されています。@「男らしさ」と「女らしさ」に対する強いこだわり。犯行に及ぶ少年たちは、「男らしくない男」に対して強い不快感を持っており、暴力などで彼らを社会的に「強制」したり「抹殺」することが正しいことであり、自らの社会的責務であるとさえ考える傾向があります。A男の仲間たちとの連帯意識。彼ら少年たちが、自らの「男らしさ」を証明するためには、「異性愛者の男友達」が証人として必要になります。また、自らの「男らしさ」を証明したり、仲間同士の連帯意識を強めるためには、共通の「敵」あるいは「スケープゴート」にたいする反社会的行為が頻繁に行われる必要が出てくるのです。この「敵」あるいは「スケープゴート」としてゲイを選び、彼らを暴力で否定することで彼らの友情関係・連帯意識が、決して同性愛的なものではないと証明できるからです。Bスリルの追求。「退屈感」と「社会からの疎外感」を抱いた少年たちがゲイを襲うのは、直接彼らに対する憎悪があるからというよりも、むしろお金を巻き上げることが出来て、退屈凌ぎになるからだそうです。C社会の中での「無力感」。ゲイという「社会的弱者」を犠牲にして気晴らしをすることで、自分の社会的・経済的「無力さ」から目を逸らすことが出来、一時的に力を得て、人より優位に立った気分を味わえるから。これら4つの社会的要因が、ゲイを対象とした暴力行為にはある、というわけです。
 ジェンダーとは最初に指摘しましたが、根拠のないものです。従ってそれを強く意識しているものほど、それを現実に確認しなければならないという強迫に取り憑かれるのです。女性に対する暴力も、ゲイに対する暴力も、男性自身の「男らしくあらねばならない」という強迫観念によって駆動されていると言うことが出来る。だが、この「男らしくあらねばならない」という命題は、彼ら自身が作り出したものではなく、我々の住むこの共同体によって強いられたものであるという点は指摘しておくべきでしょう。彼らはただ、この命題を内面化してしまっているだけなのです。その命題によってしか自分という存在を確認できないことをもって、彼らの自己の脆弱性を指摘することは出来る。だがその脆弱性とてこの共同体の機構に由来するのであり、それによって暴力へ駆り立てられた彼らをただ非難するだけでは問題は解決しないのです。

 


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