●何度も来館して下さるリピーターの方と同時に、絶えず多くの新たな観客によって、中之島の国立国際美術館は支えられている。 |
2004年11月に、大阪府吹田市の万博記念公園から、大阪の都心・中之島に引っ越してきて、はや3年。国立国際美術館は、この地でどのように受け入れられつつあるだろうか。 中之島での開館記念展は、現代美術の原点を探る「マルセル・デュシャンと20世紀美術」で、翌年には、多数の来場者を集めた「ゴッホ展」、60年代中頃から70年代初頭の日本の美術動向を再検討した「もの派−再考」が話題になった。さらに、ロシアから招来した「プーシキン美術館展」、大阪の国公私立の三つの美術館のコレクションで構成した「夢の美術館:大阪コレクションズ」など、知名度の高い親しみやすい展示内容から一般的には馴染みの薄い硬派な(あるいは意表を突く)企画まで、さまざまな切り口で展覧会を開いてきた。またコレクション展は年4回、作品を大幅に入れ替えながら、毎回趣向を凝らす展示を行った。美術館をこの地に根づかせるためには、今後も新しい関心層を掘り起こし、その裾野をさらに広げる必要がある。 |
●万博記念公園時代があったからこそ、現在の国立国際美術館が新たな一歩を踏み出せた。 |
一方、国立国際美術館が万博記念公園で約27年も活動していたことを知る人は、実はそれほど多くない。交通の便が悪く、気軽に立ち寄れる場所でなかったため、来館者が少なかった。ただし、「大英博物館展」(48万人)や「エジプト文明展」(40万人)が開かれた際には、記録的な入場者であふれた。しかし、これは異例の出来事であり、美術館はあくまで展示会場としての役割を果たしただけで、当館の性格や活動を多くの人に伝える機会には必ずしもならなかった。しかしながら、この万博記念公園時代があったからこそ、現在の国立国際美術館が新たな一歩を踏み出せたのであり、わずかな所蔵品から出発したコレクションが6000点近くまでに成長しえたのである。 |
●設立の目的は「日本美術の発展と世界の美術との関連を明らかにするため」 |
国立国際美術館は、1977年10月15日に4番目の国立美術館として開館した。建物は、1970年に開かれた日本万国博覧会における万国美術館を一部改修して転用したもの。設立の目的は「日本美術の発展と世界の美術との関連を明らかにするために必要な美術作品その他の資料を収集し、保管して、公衆の観覧に供し、これらに関する調査研究および事業を行うこと」であった。 しかし、この設立目的の目指すところはあまりにも幅広く、それに見合う作品を古今東西、時代を超えて収集することは事実上、困難であった。開館当初は、ジョアン・ミロの陶板壁画やヘンリー・ムアのブロンズ彫刻など所蔵品が極めて少なく、十分な常設展が開催できなかった。しかし、1978年に、化学者・実業家として活躍され、現代美術のコレクターとして知られた大橋嘉一氏の膨大なコレクションの一部828点が、ご遺族から寄贈され、その年度の所蔵点数は一挙に1208点となった。内訳は、絵画225点、版画586点、彫刻17点、いずれも1950年代後半から60年代にかけて制作された作品であった。この大橋コレクションによって、戦後美術の動向を捉えるひとつの核が形成されたのである。 |
●国立国際美術館には、2007年3月現在、5753点の作品が所蔵されている。 |
その3分の1強の2117点が版画で、それに横尾忠則のポスターなどグラフィック・デザインも広義の版画と考えれば、所蔵作品のおよそ半分約3000点を版画が占めることになる。また、水彩・素描743点と写真557点、全体の約7割が紙媒体。一方、残りの3割は、日本画26点を含む絵画545点、彫刻257点、工芸75点、家具や照明器具などのインダストリアル・デザインが若干、それに浮世絵の複製版画を中心にした教育資料550点によって構成されている。 |
●コレクションによる全館展示、地下3階展示室から地下1階のパブリック・スペースまでフルに活用。 |
開館30周年を記念して開催される今回のコレクションによる全館展示では、日頃まとまって展示できないこれらの収蔵作品の中から約400点を選びだし、地下3階展示室から地下1階のパブリック・スペースまでフルに活用して、なるべくたくさんの作品を紹介することとした。華々しく喧伝される海外美術館展などの陰で、コレクション展にはなかなか人が集まらない傾向があるが、この機にそれを打破できないものかと考えている。 展示は概ね年代順で、大御所のセザンヌから日本の若手彫刻家の須田悦弘まで、近年の所蔵作品を可能な限り加えて、それぞれ解説を付けることでこの約120年の美術の動きを緩やかに辿るものとした。 |
セザンヌ、ピカソ、ヴァシリー・カンディンスキー、マックス・エルンスト、マルセル・デュシャンといった20世紀前半の名品をあらためてじっくりご覧いただくほか、ジョゼフ・コーネルの珠玉の箱やジョルジョ・モランディの静物画も見逃せないだろう。戦後日本のリアリズム絵画や具体美術の動向、戦後アメリカ美術の展開やヨーロッパの60〜70年代、日本の反芸術、もの派など同時代の美術の空気がそれとなく感じられるように構成するとともに、浜口陽三や浜田知明など戦後の版画の動向や八木一夫をはじめとする現代陶芸の一端を示すコーナーも設けた。また、異色の書で知られた井上有一の《愚徹》や近年再評価の気運が高い田中敦子の大作《地獄門》、イサム・ノグチの石彫《黒い太陽》を久し振りに展示する。 |
●近年の新収蔵作品からは、 |
戦後アメリカを代表する画家モーリス・ルイスの大作《Nun》をはじめ、ドイツの画家ジグマー・ポルケの70年代の異色作《恋人たち》、ベルギーの画家リュック・タイマンスの近作2点(《教会》、《イグナティウス・デ・ロヨラ》、現代写真の分野ではドイツのヴォルフガング・ティルマンスの流麗な写真《フライシュヴィマー(自由な泳ぎ手)》のシリーズや杉本博司の建築シリーズから《光の教会(建築家:安藤忠雄)》など、日本の若手では、小林孝亘の絵画《Forest》、刺繍による独特の作風で注目される伊藤存の《picnic》、須田悦弘の精巧な木彫《チューリップ》と《雑草》などみどころは尽きない。 また何度も来館されている方には、すでに見慣れた風景だが、国立国際美術館開設当初から長く常設し、中之島に移ってからも建物に組み込んで展示しているジョアン・ミロの陶板壁画《無垢の笑い》、天井から吊り下がるアレクサンダー・コールダーの《ロンドン》、さらにミュージアムショップ横の湾曲した壁面に広がる高松次郎の《影》の大作をこの機会にもう一度まじまじとご覧頂きたい。 |
島 敦彦(しま・あつひこ)国立国際美術館 学芸課長
展覧会図録の『国立国際美術館の30年』より抜粋 |
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