#20.小児医療におけるパターナリズムD

 

 さて、虐待ということで身体的虐待・心理的虐待・ネグレクト・性的虐待の4つが挙げられています。これらの関係については坂井(1998)が明快な図式化を行っています。この図式はこれ自体発展性を持つと考えられますので引用しておきましょう。

 このように図式化することで見えてくる重要な点があります。それは、
 @積極性/消極性という二つのベクトル対のなかでネグレクトを理解できるということが挙げられます。ここで指摘しておかねばならないことがあります。一般にはネグレクトは、見た目に判りやすい徴候を欠いているという点で、殴ったり罵倒したりすることと比べて大したことはないと考えられやすい。マスメディアなどで虐待として報道されるものはどちらかと言えばこの図のなかで「虐待(abuse)」とジャンルされている、子どもを殴ったり罵倒したりすることの方です。だが、これらはまだ子どもと関わりを持とうとする意志が親の側にあるという点でネグレクトよりは、こう言って良ければ軽度であると言えるのです。ネグレクトは、そうしたことさえしようとしないという点で、背景となっている問題はより大きなものであると推測されるのです。
 A身体的/心理的、積極的/消極的という二つの座標軸を導入することで、その間に広がるスペクトラムという形で一般に子どもへの虐待を考えることができますが、しかしこのスペクトラムでは同定できない地点に性的虐待があるのだということが理解しやすくなります。性的虐待は子どもへの関わりがうまくいかないままに昂じたようなものではありません。相手である子どもを自分にとって快楽をもたらすただの所有物としか見ていないことの表れなのです。従って、性的虐待はネグレクト以上に重い精神病理に基づくのであり、子どもに極めて深い傷痕を残すことがここから容易に理解されるわけです。

 ところで子どもの虐待についての報道は近年著しく増えていますが、これは子どもの虐待が増えているということなのでしょうか。たとえば平成9年度の全国の児童相談所における取り扱い相談件数は5352件で、この7年間で5倍に増加しています。無論過程という密室で行われているため実態調査などは困難であり、日本では疑いまで入れれば年に10万件は発生していると推測されています。これは、不登校と同程度の発生頻度です。
 だが、単純に遭遇する事例・相談件数の増加だけでは判断することはできません。むしろ、子どもの虐待に対する社会的関心が高まっていることの表れと考えた方が適確と考えられます。例えば1994年に批准された子どもの権利条約の影響もあるでしょうし、今は日本全国に広がっている救援機関・組織の立ち上げ、更には被虐待児のカミングアウトやセルフ・ヘルプ・グループの結成などが背景にあるといえるでしょう。むしろ僕は政府が主導する大きなキャンペーンよりも、草の根レベルで広がっている市民運動の方に大きな希望を感じます。
 ところで蛇足になるかもしれませんが、歴史的に見れば、かつてと比べれば確実に子どもの権利は守られるようになってきていると言えます。かつては社会的に子どもに対する虐待は容認され、時には積極的に行われてさえいたわけです。例えば日本において子どもの労働搾取・人身売買が法的に禁止されたのは戦後の日本国憲法成立を待たねばなりませんでした。法的に子どもの権利が認められるようになって初めて、個人が行う子どもの虐待が問題視されるようになってきたのです。1970年代に世間を賑わせたコインロッカー事件も、戦前であればむしろ当たり前のことだった。あの事件に世間が注目したということは、それだけ子どもの権利に対する意識が高まってきたのだと言えるでしょう。今の時点では到底承服しがたい扱いが、かつて子どもに対して為されていたということは、頭の片隅に入れておいていい知識だと思います。それなしには、上の世代の人間が子どもをどのように見ているか、理解しがたくなると思うのです。

 


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