#22.小児医療におけるパターナリズムF

 

 母親になるということは、当然ながら生物学的過程のみならず、心理・社会的側面を多分に含んだものです。例えば胎児の発達と平行して母性も発達していきます。それは次のような過程を経るといわれます。

妊娠期間

母性の発達

前期

妊娠の受容

戸惑いと誇り

中期

胎児の実感

後戻りできない

後期

母親である実感

社会的な評価

出産

分離・適応・出会い

生まれた安心感と同時に生じる喪失感

 このように母性は発達していくわけですが、これは自動的に起こるようなプロセスではなく、周囲からのフィードバックが常に必要な動的なメカニズムであると考えられます。よく見かける光景だと思うのですが、おなかの大きな妊婦さんを見ると、さして深い知り合いでなくとも、必ず出産について話題になるでしょう。そうした肯定的フィードバックがあってこそ妊婦は自分が妊娠し出産するということに肯定的意味付けができるようになるのです。
 従って例えば望まない妊娠であった場合、これらのプロセスが上述のように進展していきませんから、生まれてくる子どもを受け止める準備が出来難い訳で、それだけハイリスクと言えるのです。他に、早産の場合も妊娠後期における母性の発達が不十分のまま出産してしまうわけですから、その後子どもがNICUに入院した結果長期にわたる母子分離が起こることを含め、やはり虐待が生じるリスクが高いと言えるでしょう。
 また次に、出産後に母親になっていくプロセスも、単線的ではないものです。これは聞き取り調査の結果から、次のように進展していくと考えられます。 

1)出産後の女性は、感覚と体験に違和感が生じる

2)これまでの行動=思考=感情システムが機能失調に陥る

3)理念では理解できるが、実際に有効な行動が取れない

4)要求と責任は感じるが、出来ないことで自己概念が傷つく

5)不適切感を抱きながら自律性が喪失する

6)公的知識、他者の経験、文化的価値に依存的になる
(が、最終的に失敗する)

7)自己のこれまでの体験記憶が活性化する(世代間伝達)

8)新しい行動=思考=感情システムが機能する

9)親になっていく

※反抗期になると、再び2)へ戻る

 ここで重要なことは次の点です。出産後、子どもと向かい合う際に生じる精神的混乱状態を、公的施設で得られるアドバイスや出版物から得られる体験談など、入手可能と思われるあらゆる情報によって脱しようとする。しかしそれは最終的に失敗する。そのようにして失敗したときに、自分が子ども時代に受けた体験を思い出し、それと同じようにして切り抜けようとする。そうすることで初めて腑に落ちる、ああ自分だって昔こんな風にされたじゃないか、だからこんなふうにすれば良いんだと、そんなふうに感じることで安定し、新しい行動パターンが確立されるのです。このようにして世代間伝達が為されていくのです。
 だから、例えば殴られて育ったという場合、自分だって殴られて育ったのだから子どもは殴って言うことを聞かせれば良いんだと考えてしまいやすい。いろいろ考えて情報を捜し求めて失敗し続けた後で、そうすることでやっと腑に落ちる。それに従って新しい行動パターンが確立されてしまえば、納得できるパターンを見つけるまでが大変だっただけに、それ以後そのパターンを変えていくことは大変困難なのです。だからこそ、それ以前の段階で介入することが必要になる。

 


essay-#16 / #17 / #18 / #19 / #20 / #21 / #22 / #23 / #24 / #25
analyse interminable startpage / preface / profiles / advocacy of gay rights / essays / links / mail