#23.小児医療におけるパターナリズムG

 

 これらとはまた別に、赤ちゃんに対するイメージという問題があります。母親は赤ちゃんと向き合うときに、自分を見つめている我が子(実際の赤ちゃん)と、その我が子によって想起するかつての赤ちゃんの頃の自分(心の中の赤ちゃん)という二つのものを見ていると言われます。ここで、レボヴィシが提出した、心の中の3つの乳児というモデルを挙げておきましょう。

感じる心の層

3つの乳児

由来

意識の層

現実の乳児

目の前の赤ちゃん

半意識の層

空想的乳児

小さいときから空想していた赤ちゃん

無意識の層

幻想的乳児

かつて赤ちゃんとして生きた時の世界を想起している時の自分の精神状態

 ここで、幻想的乳児の世界とは、実際に赤ちゃんと向かい合うときに、赤ちゃんの気持ちに同一化して身を置くことを助けてくれるような、そうした世界だと説明されています。レボヴィシによれば、実際に母親になって子どもを抱くとき、この空想的乳児と幻想的乳児のイメージが、現実の乳児に対する気持ちの土台になる。従って、虐待体験などにより、空想的乳児および幻想的乳児のイメージを良好に保てなかったとき、親になって我が子に同じ行為を繰り返すという精神病理的な世代間伝達が生まれると考えられるのです。
 また、これに類似した別の考え方も紹介しておきましょう。愛着というものは、乳幼児が生まれつき本能的に親を拠り所にして生存の安全を確保するメカニズムです。これが虐待など不安定な状況においてはうまく形成されず、不安定な愛着型の子どもが成長する。ところでこのメカニズムが歪んでいる場合、そのまま世代間で伝達される。つまり、安定した愛着型の母親からは安定した愛着型の子が成長し、不安定な愛着型の母親からは不安定な愛着型の子が成長した、という報告があります。母子相互作用という言葉の重みを感じられる報告です。

 さて、ここまで世代間伝達が生じるメカニズムについて挙げてきましたが、ではこうした現実を前にして世代間伝達の鎖を切るために何が出来るのかを考える際に、モデルとなる研究があります。フォナギーらによるスラム街の母親調査です。
 スラム街で育つということは、虐待体験や母性的養育の剥奪体験を受け続けてきたということを意味しています。とすれば、上で述べてきた世代間伝達の考え方からすれば、そうした逆境こそまさに救い難いほどの虐待の巣窟になっていると考えたくなります。だが、実際にはそのような逆境を潜り抜けても尚安定した愛着を持つ子どもを育て上げている母親たちが多数いる。これはパラドックスでしかないように思えます。この謎を解くための聞き取り調査でした。
 その調査の結果、こうした母親たちは互いに自らの体験を話し合える仲間が存在し、そのように語り合う中で自分の幼児期の辛さを正直にかつ情緒的に振り返る力を持っていることが判りました。そのような仲間たちが周りにいるという安心できる環境の中で、しみじみと自分を見つめることが出来る時、内省的な自己が育まれる。そうした内省的な自己が育っていたからこそ、虐待の世代間伝達を防ぐことが出来たのです。
 このような、内省的自己を育む環境を整備することが、世代間伝達を防ぐための方法と考えられるのです。

 


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