<遠いって辛いわね>の巻

キー子(以下K)「イヤー遠かったわね、本当に。」

正ちゃん(以下S)「何処かへいらしてたんですか?キー子さん。」

K「そうなのよ。今日さあ、<彩の国さいたま芸術劇場>って所にね行っ たんだけどさあ、本当に遠くて遠くて。」

S「いらっしゃ〜い。あら、あき様。休みの日に珍しいじゃないですか?」

あき(以下A)「そうなのよ。イヤ〜、遠かったわ。」

S「え〜!!あきさんも?」

A「何なのよ、も?って。」

S「今ね、キー子さんともそういう話ししてたもんですから。」

A「あら、じゃあもしかしてキー子も行ってたのかしらん?与野本町に。」

K「じゃあ、あきちゃんも行ってたの?今日の芝居。」

A「そうよ。だって三島の<近代能楽集>ですもん。外せないじゃない。 まあ、それより正ちゃん、え〜と、ブランデイの水割りちょうだい。それ に正ちゃんも何か飲んで。」

S「有難うございま〜す。いただきま〜す。」

A「それにさ、今回は<卒塔婆小町ーそとばこまちー>と<弱法師ーよろ ぼしー>じゃない。特に<弱法師>は久しぶりだったから。でもさあ、東 京公演が無いのよね。だからさ、ず〜っと迷っていたんだけど、昨日会場 に電話したらまだ席があるって言うから行ったんだけど、ま〜あ、遠かっ たなんてもんじゃなかったわよね、ったく。」

S「は〜い、お待たせしました。でも、そんなに遠いんですか?その〜、 何処でしたっけ?与野〜何とかって。」

K「そりゃ遠いわよ。新宿からだと埼京線で40分位かしらん。」

S「な〜んだ、その程度なんだ。自分なんかいつもここまで自転車で1時 間位ですからね。40分なんて大した事ないですよ。それより、肝腎なお 芝居の方はどうだったんです?」

K「<卒塔婆小町>の方はね、まず舞台が開くと夜の公園のベンチに恋人 達。その周りには椿があって花がボタ・ボタ落ちているのよ。ほら、椿っ て花の首から落ちるじゃない。」

S「そうですよね、だから武士は嫌ったって言いますよね。でも、何かと ても美しい舞台美術の様な気がしますね。」

K「そうなのよ、ねえ、あきちゃん。」

A「まあね。アッシがね、まだ学生だったと思うけど、半蔵門にある国立 劇場でこのプログラムと同じ物を観ているのね。このときも蜷川さんの演 出だったんだけど、<卒塔婆小町>に関して言えば、ほとんどその時と同 じだったと思うのよ。もう二十数年前の話しだからね、記憶が合っていれ ばの事なんだけど。その時アッシが思ったのはね、あの椿の花が落ちる演 出ね、あれさあ、<あんなに大きな椿ってあるのかしらん、ちょっ と変よ、あんな大きな椿の木があるなんて>って言う感じだったんだけど 、今回久しぶりに観てみると、素晴らしい演出だって解ったのよ。」

K「そうでしょ、素晴らしかったわよね、あの美術。」

A「勿論、美術も素晴らしいのだけど、アッシが言っているのは演出、演 出なのよね。椿の花を落とす演出よ。<卒塔婆小町>全体を表現している 素晴らしい演出。」

S「あきさん、何で学生の時はその様に思わなかったんですか?」

A「そうね、あの時はアッシまだ演劇を目指していたのよね、それも文学 座とか俳優座の。勿論、当時から寺山修司の天井桟敷や唐十郎の状況劇場 も観ていたし、それはそれで好きだったんだけど、まだまだ新劇が好きで ね、だからさ、真面目な芝居なのに何か奇をてらったというか、大袈裟な 表現が好きになれなかったのかもね。だって、あんなに上から落ちるのよ 。普通では考えられないじゃない、あんなに大きな椿の木って。」

K「そうよね、言われてみれば。でも、あの椿の花が落ちるって、何か意 味でもあるのかしら?」

A「いや〜だ、キー子ったら。あんた、あの演出、何も感じなかったの?」

K「何なのよ、いったい。」

A「あれはさあ、人生のはかなさを表現しているとは思わなかったの?」

K「あ〜、なるほどね。かつては小町と呼ばれたほど美しかった今は99 歳の老婆、その人に恋をしてしまう若い詩人。何故もく拾いをしている汚 い老婆に恋をしてしまうのか、そして、美しいと言えば死んでしまうかも 知れないのに美しいと言ってしまったのか。」

A「そうそう、官能美の世界なのよね。」

S「いいですね、最近っていうか、全然ありゃしないな、官能の世界なん て。」

K「あら、そうかしらん?週に何度か味わっているんじゃないの?」

S「何の事でございますか?キー子さん。まあ、いいじゃないですか。そ れより、もう一つの方はどうだったんですか?<弱法師ーよろぼしー>で したっけ?」

K「あら、何だか解らなかったわね、あの芝居。でも、美術はシンプルで 良かったんじゃないの。それに藤原竜也も。ねえ、あきちゃんさ、どうだ ったのよ、あんたは。」

A「何と言っても高橋恵子の美しさに圧倒されたわね。」

K「そうね、それは言えてるわね。藤原君も綺麗だったじゃないの。上半 身ハダカになるしさ。」

A「アッシね、昔から高橋恵子の演った調停委員の役はね、美しい人が演 じなきゃいけないって思っているのよ。だから今回の関根、じゃなかった 高橋恵子、十年ちょっと前に観た時がハン文雀、学生の時が岸田今日子。」

S「え〜!岸田今日子って、あの大奥でナレーターやってた?」

K「正ちゃんも古いわね〜。でも、美人なのかしら?」

A「何か不思議な魅力があるじゃない。美人てさ、勿論パッと見た時の感 じもあるけど、立ち振舞いとかもあるでしょ。あの役を演ってる彼女って 、とても美しかったと記憶しているけど。」

S「あ〜、なるほどね。それだったら解ります。」

K「藤原君は?彼、ちょっと大人っぽくなったと思わない?」

A「アッシはね、今回の俊徳(藤原竜也が演った役の名)はそんなに良い とは思わなかったのよね。むしろ、違うんじゃないかと思ったの。台詞に 重みが無いというか、何と言ったら良いのかしらん。<身毒丸>の時はと っても合っていたけれど、今回の俊徳はね〜、ちょっと。情景が浮かんで こないのよね。俊徳の台詞にさあ、<僕ってどうしてだか誰からも愛され るんだ>みたいなのがあったじゃない。でもね、あれって彼の孤独感を表 わした台詞だと思うんだけど、全くそれが伝わってこない。まだ若いから かしらん。それに比べて高橋恵子の言う<あなたが少し好きになったから 。>っていう所、美しさの頂点って感じだったわ。」

S「へ〜。美しさの頂点ね。」

A「三島由紀夫の台詞ってとても美しいじゃない。だから情景が本当には っきりと見えてくるのよ。だから、情景の見えない台詞を喋られてもね〜 。」

K「なかなか厳しいわね。ちょっと辛口すぎない?」

A「まあ、アッシの感覚だから。他の方達が良ければそれはそれで勿論良 いのよ。それからラストに流れる効果音。間違ってなければあれは三島が 自決する前の演説だったんじゃないかって思うんだけど、あれはイヤだっ たわね。」

K「そうよ、あれ。市ヶ谷の自衛隊で蜂起を呼びかけた時の演説だったみ たいよ。プログラムに書いてあったもの。」

A「アッシはね、何であそこであの演説を流さなきゃいけないのかなって 、ちょっと疑問に思ったのよね。」

S「何か観たくなっちゃいましたね。何時までやってるのかな〜。」

K「もう暫くはやっているみたいよ。」

S「じゃあ、仕事に入る前にでも観てくるかな。」

A「そうすれば。」

S「でも休めなかったんだ。」

K「いいじゃないよ、少し遅出にしてもらえば。」

S「何時頃終わるんですかね。」

A「そうね、大体2時間ちょっとみとけばいいんじゃないの。」

S「そうすると、10時から入れば良いんだな。」

K「でもさ、正ちゃん。職場までの時間を計算しておかなきゃ。」

S「あっ!そうですよね。新宿まで40分位って言ってましたっけ?それ じゃ間に合わないな。新宿でやってくれれば良いのに。」

A「あんた、遠いって辛いでしょ。」

K「本当よ。あたしも遠くて辛いからこの辺りで帰るとしましょうか。」

A「本当に遊びの時以外は遠いって辛いわよね。」

S「まあ、二人ともお年ですから。」

K&A「何だって!!!!」


おわり

*登場人物は全て仮名です。



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#30 "農業は不滅です"の巻
#29 "夏が終わってまた一人"の巻
#28 "秋はやっぱり大人の雰囲気"の巻
#27 "解りやすいが一番"の巻
#26 "夏はやっぱり怪談"の巻
#25 "おとぎ話には夢がある"の巻
#24 "選ぶのが困っちゃう〜"の巻
#23 "自戒の念を込めました"の巻
#22 "ロマンチストは誰?"の巻
#21 "涙でサ・ヨ・ナ・ラ"の巻
#20 "至福の時ってどんな時"の巻
#19 "あなたは誰に?"の巻
#18 "これからはアジアの時代かな?"の巻
#17 "待ち人来らず"の巻
#16 "感動するって素晴らしい"の巻
#15 あきのN.Y.お芝居観て歩記 ′99 vol.2
#14 あきのN.Y.お芝居観て歩記 ′99 vol.1
#13 "分りやすいって素晴らしい"の巻
#12 "芸術の秋だよね"の巻 その2
#11 "芸術の秋だよね"の巻 その1
#10 "夢をみようよ"の巻
#9 "暑い時は映画館"の巻
#8 "劇場へ行こう!"の巻
#7 "戦争はおそろしいよね"の巻
#6 "あんたも漫画がすきなのね"の巻
#5 "あんたの涙は.....?"の巻
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#3 "本当に生はいいんだから"の巻
#2 "小さいことはいいことだ"の巻
#1 アキのニューヨークお芝居観て歩記